感情の力とコントロール

私たちは日常生活の中で、この「感情の力」を駆使しています。

何かの理由や目的で他の人を自分に従わせるために強烈に怒ったり、驚かしたり、脅かしたりする言動をします。

相手を感情的に脅かす、感情的に揺れる状態へ導いて、そこから自分の権威、威力を獲得するのです。  

感情は脅かす目的だけではなく、相手に罪悪感を持たせるように使われる場合も多々あります。

相手の中の罪の意識を募らせるために、自分が酷く傷ついていることを感じさせます。

例えば子供は病気になると親から優しくしてもらえる、甘やかせてもらえるので、親の気を引きたい場合には、わざと病気になった振りをすることもあります。  

また同情を得て相手を自分の見方にするために被害者であることを演じて、相手が自分のことを可哀想だと思えるように導いたりもします。

例えば兄弟喧嘩などで負けた方が母親に泣きながら駆け寄ると、母親は泣いている方をかばうので、当然のように虐めた方は叱られることになります。

自分が被害者であることを訴えて、加害者に勝利するという方法です。  

また自分の中の優越感を満足されるために、また何かのことが原因で復讐するために誰かを感情的に引きずり降ろすような行為や言動に走ったりします。  

その他にも相手を認めない、許さない、無視する、見下すなど、相手の心を揺さぶって不安定にさせ、感情の力で他の人を酷く傷つけることも出来るのです。  

このような感情のドラマ、感情のコントロールの例を書き出すと切りがないでしょう。  

感情の上り下がりは人間の本質の部分を揺らすのです。  

では今まで感情で相手をコントロールするという話しの中で共通するのもを探してみましょう。  

それは相手を落とす、自分に従わせる、支配下に入れる、征服する、復讐する、同情を得るなどです。  

それらの潜在意識的な目的を考えてみた時に浮かんでくるのは、相手に勝つ、相手から自分を守って「生き残りる」というアイデアです。

イメージとして分かりやすいのは、ボス猿が群れを統一して率いるために他の押す猿たちを威嚇したり、闘って勝つことによって従わせる風景でしょう。
 
人間の歴史を含めた霊長類の進化は、生き残るために様々なものを支配下に置いてきたということです。
 
そういう意味では、感情のドラマによるコントロールは、自分という存在を崩壊させない、自分の存在を守るために潜在的に行われる生き残りのシステム、自己防御のシステムだと言うことも出来るでしょう。
 
そしてこれを言い換えると、とても動物的なセンスだと言うことが出来ます。
 
ニュートン派のアイデアで類人猿が人間に進化して現代に至るまで、人間は様々な時代を得て、近代では様々なテクノロジーも発明され文明は現在まで飛躍的に発展して来ました。
 
しかし、人間の意識の本質を考えてみた時に見えて来るのは何なのでしょう?

これだけ文明が進化しているにも関わらず、意識の面では動物と似たり寄ったりだということです。

この生き残りを目的とした感情によるコントロールの最も恐ろしい部分は、それを行っている本人に「自分が何をしているのかという自覚が薄い」ことです。  

感情のドラマやコントロールに入っている時には、本人にはその自覚が全く無いに等しいのです。  

感情は何かの引き金によって動き出すと理性でコントロールをすることが難しい意識状態へと引っ張ってゆきます。

多くの場合、感情ほぼ自動的に反応するので、理性の力を挟む間が非常に狭いのです。  

理性で押さえ切れない感情の高ぶりは、感情エネルギーの波と、その勢いに任せてしまって突き進むことが多くなります。

「感情」を操縦するのが大変なのは爆発するように発散される「感情のエネルギー」が巨大なエネルギー源となっているからです。

続く・・・


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