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2014/09/08

脳卒中を巡る病院ドラマ⑤脳波測定のこと

アロハ


関連記事
・脳卒中を巡る病院ドラマ①
・脳卒中を巡る病院ドラマ②感覚と感情
・脳卒中を巡る病院ドラマ③夜の病棟
・脳卒中を巡る病院ドラマ④神経科学科は女の城


脳卒中疑惑の第5弾です。

脳卒中疑惑の記事で多くの方から励ましのメールを頂きました☆


感謝・感謝☆

遠くから心配してくださる方々がいらっしゃることを知って、ちゃんと記事を読んでくださっているのだと思い、心が温かくなりました☆

ありがとうございます。



緊急入院した二日目の朝の続き。

神経科学科の大先生の診断では脳卒中の形跡なし。

脳の癌も腫瘍の気配もなし。

神経科学的には異常なしと判断されたわけです。

まだ脳波測定が残っていましたが、これも問題なしであろうと思いました。

「何時に検査がスケジュールされているんですか?」と看護師に聞いたら、「まだ正確な時間は知らされてないの」と返答が返ってきました。

予測では午後早めなのではないか?

それまで時間を潰さなければいけないわけですが、何もすることはありません。

周囲の勧めで、とりあえずランチを注文しました。

チキンのソテーとフルーツヨーグルトとノンカフェインの珈琲。

さほど食べたいと思わなかったので、食べる時も意識して食べた感じです。

時間潰しの一環で、いちど外の空気を吸いに病院のエントランスまで行ってみる気になりました。

病棟用の医療ガウンの下は真っ裸☆

しかも背中側が縦に割れているので、そのままで大勢の人が出入りする場所に行くことはできません。

ガウンの下にズボン、靴下+靴を履いて出発です。

やはり平衡感覚が変でフラフラしました。

長距離になればなるほど揺れるんです。

しかも頭の中が白っぽくなる。

一階について廊下を歩いていたら感覚が混乱。

自分がどこにいるのは解りますが、周辺の環境を把握しにくいのです。

何度も来たことがある病院なのですが、記憶が混乱するような感じで、シッカリ来た道順を覚えていなければと心配になりました。

しかも廊下でフラついている上に、ウロウロしてしまう。

道すがらの病院関係者に「大丈夫ですか?」とアシストされました。

普通のバランスで歩けないし、空間の把握が変で、ゆるやかな波に揺られているような感覚でした。

何とか外に出て空気を吸い、近くの花壇の脇で休憩。

この頃には頭の中の白さが増えていました。

結局のところ然程の効果はなく、状態的にはあまり変わってないのだと思いました。

病室へ帰る時も来た時と同じような感覚でした。

しばらくして脳波測定の時間が解り、午後1時頃だと知らされました。

脳波測定が脳卒中とどう関係するのか聞き忘れたので、いったいどんなものなのか良くわかりません。

検査のお兄さんに少し聞いたのですが、起きている状態での脳波の状態を調べるということでした。

検査時間は約20分くらいと言われましたが、もっとかかったと思います。

検査技師いわく、同じ検査でも患者によっては3時間かかる場合もあると言われました。

私のように検査に協力的な場合は短く終わるのだそうです。

準備から終了まで1時間30分くらいだろうと言われました。 

ということは、この検査を受ける患者さん達の多くは、暴れたり抵抗したりする方々が多いのかも知れません。

「脳波の検査は初めて?」と聞かれました。

脳波の検査は過去に経験したことがあります。

しかも45年ほど前。

交通事故にあって後頭部を打ち、頭蓋骨にドリルで穴をあけて出血を出したのです。

この時の記憶は全くありません。

事故の直前から簡単な手術が終わってしばらくの間までの記憶は喪失されたまま。

その後、小学生で眼鏡をかけるまで一気に視力が落ちてしまいました。

そのせいなか脳波測定に出されたのです。

母に連れられてどこかの大きな病院に行ったのは微かに覚えています。

この時の記憶は、とても部分的なのですが、不思議なのは、記憶の全てが鳥瞰なこと。

 異様に高い天上、薄暗くてやや不気味な回廊。

そして小さな丸い吸盤のようなものを頭に沢山つけられる。

これが涙がチョチョ切れるほど異常に痛かった記憶があります。

 ▲脳波測定ではこういうものを沢山つけられます。

そんなことから何となくは知っていると検査技師に話しました。

今回は大人なので不安もなにもありませんでしたが、検査技師が昔と然程は変わっていないように見える丸い吸盤を頭皮につけ始めたら、昔の記憶と重なりました。

そういば、昔の時もまったく同じような感じ。 

装着が終わってテストが始まると、吸盤がはり付いている部位が少しずつ痛くなり始めました。

死ぬほど強烈に痛いわけではなく、始まりはややピリピリした感じだったのですが、時間が経つにつれて痛さが増してくる・・・。

この痛さが強烈なのです。

子供の時に受けた検査がいかに痛かったのか、その皮膚感覚を鮮明に思い出しました。

確か25個の吸盤をつけられたと記憶していますが、何かのジェルを塗るのです。

きっとこのジェルが痛さの原因だと思います。

この痛さも不思議なもので、感じる場所と感じない場所が明確でした。

後頭部はあまり感じませんでした。

敏感に感じたのは眉間の周囲と側頭葉の前側です。

しかも時間が経過するにつれて痛みが酷くなる・・・。
  
検査が始まる前に「寝ないで下さい」と言われたのですが、そんな痛みにも関わらず何度も意識が落ちました(笑)

普通だったら20分くらい起きているのは超簡単なはずなのに、フワっと意識が落ちる瞬間が何度もありました。

これは意外でした。

瞑想したって意識が落ちることはホボ無い人なのですが、この検査では短い時間内で何度も落ちてしまった・・・。

昼間に眠気が押し寄せてきて、気がついたら瞬間的に意識が落ちて寝てしまい、その瞬間に気づいて目が覚めるのです。

そしてしばらすると同じようにフっと落ちてしまう。

前日からホボ寝てない貫徹状態だったわけですから、リラックスしてると落ちてしまいやすかったのかも知れません。

この検査でも異常は無し。

検査後でも頭皮が変な感じだったので、個室に備わっているシャワーでシャンプーしました。

頭を洗った後でも変な感じは続いていましたケド。

身体も洗って洋服に着替え、頭はフラフラで変な頭痛、歩くのもフラつきという症状的は変わっていませんでしたが、気分はサッサと家に帰るモードでした。

検査も終わったし、西洋医学では解決しない問題なようだし・・・。

すぐさま脳波測定での結果が看護師から知らされ異常なし。

全ての検査が終了し、全て異常なしでした。

でも症状は24時間以上経過しても変わってませんでした・・・。

まぁいいや、これで死ぬことはきっとないだろう・・・。

病棟の大先生からではなく、看護師から「帰っていいよ」と言われました。

緊急入院はこんな感じで終焉を迎えたわけです。

一体全体なんだったんだろう・・・?

病状的には、わかったような解らない、けれど別の意味で色んなことがわかりました。


CTスキャンから始まって、MRI、そして脳波測定だったわけですが、これが一般的な検査の流れなのだそうです。

これらのどれか一つでもスキップした場合、後で誤診が出現すると「あの検査をしなかったからだ」と訴訟問題になるからだそうです。

病院側としては訴訟されないように不必要だと思えても一連の検査を行うのだと色んな人から聞かされました。

もう少し続きます☆

2014/09/07

脳卒中を巡る病院ドラマ④神経科学科は女の城

アロハ


関連記事
・脳卒中を巡る病院ドラマ①
・脳卒中を巡る病院ドラマ②感覚と感情
・脳卒中を巡る病院ドラマ③夜の病棟

脳卒中疑惑の第4弾です。

脳卒中疑惑の記事で多くの方から励ましのメールを頂きました☆


感謝・感謝☆


緊急入院した二日目の朝。

CTスキャンもMRIでの検査も終わり、どうやら脳卒中ではなさそうな感じなので精神的にも少し落ちつき、心の余裕が増えてきてました。

ホボ眠れなかったのですが、そんなに辛いとも思いませんでした。

普通だったら深夜を過ぎると異様な眠気に襲われるハズなのに、然程眠いとも思わなかったのも変だと思います。

睡眠導入剤をもらうという方法もありましたが、あえてパスしました。

病院生活というのは定期的な回診が行われるので、夜でも看護師に起こされます。

これは友人の手術に付き添った経験で知っていました。

夜中に定期的に起こされて採血されたり血圧を測られたりするわけですから、睡眠誘導剤をもらったとしても起こされることに変わりありません。

逆に眠たい中で起こされる方が嫌だと思い、それで睡眠誘導剤をもらわなかったわけです。

病院でもらった薬はアスピリンとアイビープロフェン Ibprofen

アスピリンは血中の濃度を薄める効果があるらしく、もし血液の濃度が高くなって血栓にならないように飲まされました。

頭痛の方はアイビープロフェンが効くのではないかという話しでした。

日本ではイブプロフェンと読むようですネ。  

こちらは頭痛・生理痛・歯痛・解熱鎮痛剤に効くというもの。

歯痛の時には効きました☆ 

どちらも効果があったかと聞かれたら、頭痛は同じだったので、この場合は然程の効果はなかったと思います。

結局早朝2時とか4時とかに回診で採血と血圧、血糖値を測られたので寝なくてよかったです。

寝なかった時間にしていたのは病棟内の徘徊でした(笑)

今から思い返すと、6〜7時間もベッドから起きたり、椅子に座ったり、病棟内をフ〜ラフラ歩くのを繰り返していただけなのですが、結構アっという間に朝になった感じでした。

これもヤヤ変だと思います。

家で不眠症になったらもっと苛々しているハズなのに、今回は苛々もせず、退屈もせず、楽勝で時間が過ぎていった感じだったからです。

どこかで時間が短縮されていたような感じに思えます。

6時30分になるとカフェテリアが営業し始めるので朝食を注文。

ベジタブルなオムレツとカフェイン抜きの珈琲を頼んだのですが、これもよく考えたら変かも知れません。

実物が届いた時に、アレ? 他に頼まなかったの? と思ったからです。

普通だったらパンなりベーグル、フルーツまたはヨーグルトと考えるハズなのに・・・。

ちょっと頭が上手く働いていなかったのだと思います。

8時頃になると先生方の回診が始まり、外では各部屋の前で病状に関する話し合いが行われているようでした。

しかし私の部屋に先生方が来たのは随分と後になってから。

きっとMRIの結果に関係していたので遅れていたのでしょう。

そういえばこの病棟で男性の医者にはお目にかかりませんでしたワ。

看護師もホボ女性。

夜間に病棟を徘徊して観察した限り、看護師の性別の比率は8:2 で圧倒的に女性の方が優先でした。

この職場は女性優先型だったのは確かです。

その中で印象的だったのは、中に男性から女性に性転換したMTFの方が一人いらっしゃったこと。

現在のシアトルはトランスジェンダーに対する人権擁護がプロミネンスに近い状態になっています。

それだけコミュニティーの中でトランスジェンダー人口が多いので、FTMまたはMTFのチームは率先して社会にアピールしている

病院内で働いているMTFの方は結構いらっしゃると思います。

もっと社会的にFTMまたはMTFの方が普通に働ける職場が増えるとよいですね。
この方の場合、ホボ女性の外観なので、それを察せる人は少ないでしょう。

多少違うところは、肩幅とか腰回り、そして声色。

私が超敏感なので解ってしまうだけだと思います。

この件に関しては自動的に解ってしまうとしか言いようがない。

何が違うのかと聞かれたら、波動が微妙に違うんですワ。

FTMまたはMTFの方々は頭脳明晰な人が多いので、問題なく働ける適切な職場を見つけることができれば、バリバリ才能を発揮できると思います。

男性で私の部屋に入ってきたのはカフェテリア関係で働く注文と配達をしてくれるインド人系の叔父さんだけ。

ハーバーヴュー病院内で働く方は女性の方が圧倒的に多いと思いました。

朝の10時過ぎになり、元カレが再びやって来て具合を聞いてくれましたが、症状的には然程は変わっていませんでした。

しばらくして神経科学科チームの3人が部屋にやって来ました。

神経科学科の先生方は全て女性でした。

そしてMRIの結果は異常なし。

少し歩いてみて下さいと言われ、ベッドからドアまで2.5メートルくらい、往復5メートル歩きました。

女医師「問題ないですね」

ワタシ「いえ、そうではありません、長く歩くとフラつき始めます。頭も痛くなるんですけど」

女医師「短くても普通に歩ければ、長距離でも問題ないハズです」

ワタシ「長距離になるとブレるし頭痛が始まると言ってるでしょ? それに背骨の真ん中辺りが熱くなったり、胸に圧迫感があるのはなぜですか?

女医師「背骨は関係ありません」

ハッキリ返答されました。

ワタシの内心:脊髄と中枢神経は関係ないんですか? そんなハズないでしょ?

女医師「異常なしです。脳波測定で問題なければ帰宅して大丈夫です」

ワタシの内心:あんた自分の知ってる範囲でしか聞いてないでしょ? 聞きたくない場合は聴覚閉じるんですね・・・」

ワタシ「じゃぁ、もし同じ症状が現れたら、どうすればよいのですか? 予防策とかないんですか?」 

女医師「緊急病院に来て下さい」

ワタシの内心:あんたワタシの言っていること聞いてないでしょ?

しかも権威主義が丸見えですけど。

面倒臭いのも丸見えヨ・・・。

この方は真面目に私の話しを聴いてくれないのは直ぐさま解ったので、こりゃ駄目だと諦めました。 

どちらにしても神経科学の女医の見解では、CTスキャンもMRIも異常なしだから、脳卒中ではないという見解だと思います。

ここで最も意外だったのは、神経科学の女医の医学的な視点。

CTスキャンもMRIも全て首から上だけで、胴体は計測されまでんでした。

ということは、脳卒中が疑われる場合の検査は、首+頭(脳)しか測定しないということなのだと思います。

他の医学部所、例えば心臓科とか呼吸器科、耳鼻科などに振ろうともしない。

それだけ神経科学科というのは〝絶対なのだ〟という見解として私は受け取りました。

私の場合は誤診から始まったのは確かですから、女医としてもその他の患者に比べれば、然したる病状ではないのは確かです。 

女医的には「脳卒中の疑いは晴れたから問題ないでしょ」と言いたかったのだと思います。

しかし私の頭の中には疑問符が一杯・・・。

実際に平衡感覚も頭痛も、空間や距離、時間を把握する感覚も前の日とはそんなに変わっていませんでした。

幸いだったのは脳卒中の形跡を始め、脳腫瘍、脳内の癌が全くなかったこと。

でも症状は変わってない。

じゃぁどうすれば普通に戻れるんですか?

これ以上なにかを求めるなら自分で答えを探しなさいということですね?

今までの様々な医学的チャレンジ+闘病生活の中で、西洋医学の観点は部分的すぎると悟っていましたが、ここでも同じでした。

緊急または部位的な処置にはなっても、総合的な解決、または答えになっていない。 

そんな感じで女医チームは部屋を去り、残っている検査は脳波測定だけ。

もうこの時点でサッサと家に帰りたいと思いました。

もう少し続きます☆

2014/09/06

脳卒中を巡る病院ドラマ③夜の病棟

アロハ


関連記事
・脳卒中を巡る病院ドラマ①
・脳卒中を巡る病院ドラマ②感覚と感情

脳卒中疑惑の第3弾です。

脳卒中疑惑の記事で多くの方から励ましのメールを頂きました☆


感謝・感謝☆


いきなり「脳卒中ではないか?」と診断されてバタバタと自動的に進んでいった緊急入院体験は、とても様々なことを多角的に考えさせてくれました。

とにかく想像もしてなかった成り行きだったと同時に、意識が普通の状態ではなかったので瞬く間に進んでいった感じです。

普通の意識状態だったらもっと感情的に反応していたのではないかと思います。

CTスキャンが済んで、とりあえず脳内に脳卒中の形跡は見られないことが解り一安心しました。

次のMRIによる精密な結果がでないと何とも言えなかったのですが、この頃にはグッタリしていて、脳卒中の危険性など考える隙間も消えてしまいました。

頭痛はするし、とても疲れている状態、それに加えて意識が変な場所にあるのは変わらない。

そんな風だったので緊迫感も薄れてきて、結果はどうであれ、とにかく速く物事が終わって欲しい感じでした。

自分の中では脳卒中の可能性は随分と低くなり、その変わりに別の疑問が上がってました。

脳卒中に関係してないのであれば、じゃぁこの症状はいったい何なんですか? 

サイキック的に引っぱっているだけ?

それにしては辛すぎるし、時間的に長過ぎませんか?

今までの経験では、ここまで長く引っぱることは起きてません。

脳卒中が起き、イキナリぽっくり逝ってしまうのは起きないだろうと思いました。

しかし、一向に症状は消えないのです。

意識も普通の状態に戻る気配はありませんでした。

MRIの検査が行われたのは夜の11時頃。

病室に移って約6時間も待たされたのですが、これは別の意味で辛かったです。

途中で元彼は帰り、寝ようと思っても寝れない。

そして病棟の中から異様な叫び声とか、患者が看護師に対して怒り狂って罵倒する声も聞こえてきたりする・・・。

場合に寄っては別の部屋から巨大なサイレン音が聞こえてきたりするのです。

神経科学の病棟って、実は気違い系なんですか? と思いました。

そこで活躍したのが元カレが持ってきてくれたデルタ空港のファーストクラス用のトラベルキット。

バスルーム用の洗面用具、ローション、耳栓、靴下、靴べら、靴磨き、目隠しも入っているお役立ちパックです。

しかもパッケージはTUMI製。

その中から耳栓を取り出して防音しました。

それでも遠くから患者の叫びが聞こえました。

正常な感覚だったら相当イライラしたと思いますが、あまり感情的に反応しない状態だったので結構平気でした。

とにかく普通に苛々するであろう事柄に感情がホボ反応しないのです。

やることないし、テレビを見ようとも思えない・・・。

普通だったらテレビでも観て・・・と思うのでしょうが、全く興味もありませんでした。

じゃあベッドで寝る努力をしてみましょう・・・。

しかし横になっていると頭痛が大きくなる感じがするし、横になり過ぎていると異常に腰が痛くなって辛くなる・・・。

そこでベッドから起きて真っ白な毛布を重ね、身体をくるんで病棟の中を歩いてみました。

最初は上手く歩けるか心配だったのですが、平衡感覚はズレていても、何とか歩ける感じだったので、とりあえず長めに歩いてみました。

部屋を出て看護師のステーションの前を通り、セクションのドアまで行ってUターン。

ここで解ったのは、最初よりも後半の方が平衡感覚がズレてしまい、途中で頭痛が大きくなることでした。

途中でグラつきが増し、頭が痛くなるのです。

しかし気分が悪くなるわけではなく、ただグラついて頭痛が増すだけ。

このエクササイズを何回か繰り返しましたが、感覚の不安定さと頭痛は変わりませんでした。

フロアの中をフラフラと徘徊していたわけですが、その中で興味深かったのは看護師の様子です。

私がフラフラして歩いていても、あまり気にしてない様子。

中にはデスクに頭を落として寝ている人もいました。

やはり夜勤というのは辛いのでしょう・・・。

看護師も交代制ですから、色んな方が部屋に来ました。

それぞれ関わり方が違うので、それも興味深かったです。

フロア徘徊にも慣れてきて、看護師達は私の行動など全く気にしなくなったのも興味深かったです。

本当はフロアから出てはいけなかったのですが、セクションのドアを出てエレベーター前の回廊まで行ってみました。

それでも誰も追いかけて来ないし、廊下で別の看護師とすれ違っても部屋に戻れとも言われない・・・。

正直なところ、そのままエレベーターに乗って一階まで行き、少し外の空気を吸いたかったのですが、そこまで行く勇気はありませんでした。

途中でグラグラ状態になり、崩れてしまったらどうしよう?

そこまで危険を犯す覚悟はなかったので、窓から外の風景を少し眺めて引き返しました。

そんな感じで数時間が経ち、10時過ぎになると異様に空腹を感じ始めました。

すでにカフェテリアは閉店で、食事を頼むことはできなかったのですが、病棟にも軽食が備わっているということで、プリンとゼリー、冷凍のチキンとライスのディナーを手配できることがわかりました。

しかし検査前に食べるのは気分が悪くなるかもしれないかもと言われ、検査が終わるまでお預けに・・・。

10時30分頃にMRIへ移動するために看護師が迎えに来ました。 

MRIは強力な磁力で共振を起こして映像化するので、身体に金属が入っていると問題になるそうです。

下手すると金属が磁力で引き寄せられて機械に衝突すると言われました。 

ということは場合によっては金属が皮膚をブっち切ってしまうということですね・・・?

テスト前に部屋で用紙が渡され、身体にどんな金属が挿入されているのか項目を読んでチェックさせられます。

ボディーピアスが一つあったので、それを外し、差し歯に使われている金属は大丈夫なのか聴いたら、それは問題ないと言われました。

この時はCTスキャンよりもリラックスしていましたが、平衡感覚が前よりも酷くアンバランスになっていたので、移動が恐ろしかったです。

ベッドに横になったまま廊下を進み、エレベーターの前で一時停止。

この時は空恐ろしかったです。

足下がガラス窓だったのですが、ベッドの滑車が動くと感覚が追いつかないのです。

そのまま滑って窓ガラスに当たって、ビルの中から落ちてしまうように感じてしまい、とても怖い思いをしました。

停まると、そのまま滑って動いてる感じがするのです。

エレベーターの中も微妙で、階下に降りている感覚が異様に襲ってきました。

身体のバランス感覚というのは三半規管が関係しているのですが、それだけではなく、身体全体のインプットを使っているとしか思えません。

MRI室の中で最も興味深かったのは、作業員の中の一人の男性が部屋に入ってきた時に、突然に躁状態になったこと。

それまで心持ち神妙だったのですが、一気に可笑しい感じがやってきたのです。

完全に躁状態な気分になってしまいました。

そんな状態で上半身が動かないように固められた時は、まるでミイラにされているようで可笑しく笑ってしまいました。

MRIの検査が行われたのは首から上だけで、実際の所要時間は約20分くらい。

とにかく喋るな、身体を動かすなと指示されます。

そして色んな種類の音がするので驚かないように伝達されました。

ベッドの上で半ミイラ状態に固められ、そのまま頭から機械の中に突っ込まれるのですが、閉所恐怖症の人は絶えられないかも知れません。

閉所恐怖症の毛があるなら、精神安定剤を使ってもよいと言われましたが、すでに意味不明のハイ状態だったのでお断りしました。

そして機械の中に頭が入ったわけですが、普通の状態だったらカナリ怖かっただろうと思います。

それに口も顔も手も何も動かしてはいけないプレッシャーが加わるので、精神的に忍耐力を試されます。

機械が動き始めると、ガシャン・ガシャンと巨大な音が連続して響いてきます。

そして、ピッ・ピッ・ピッ・ヴーン・ヴーンと色んな音域が連続します。

幸いなことに、意識が離脱している上に、不思議な躁状態。

最初はわけが解らないので「なんじゃらホイ?」な感じ。

お陰で前半戦は何となく乗り越えました。

しかし少しずつ意識が普通に戻るような感じになり、途中で少し怖くなりました。 

10分くらいで意識がグラつき始め、最後までジっと動かずにいる自信が薄れてくる・・・。

そこでかなり我慢したというか、可能な限り意識を別の所に起き続けたというのが実情です。

眼を開けているのは怖い感じがしたので、最初から最後まで閉じていました。 

20分もジっと動かずに固まっているのは普通だったらカナリ辛いと思います。

場合によってはもっと時間がかかるわけですから、そうなると、よほど精神的に訓練されてなければ過酷な体験になるでしょう。

 MRIが終わった頃には疲れていたので、検査結果のことなど頭にありませんでした。

部屋に戻る時の移動は疲れのためか感覚無し・・・。

とりあえず山場は越え、寝てもいいよと言われました。

しかし、絶対に夜中に起こしにくるのは知っていたので、次の回診は何時なの? と聴いたら、夜中の2時だと言います。

じゃぁきっと寝れませんね・・・。

実際に寝れませんでした。

まず第一に、身体は寝たいのだけれど、意識が寝てくれない。

横になって意識が落ちるのを待っていても、落ちる気配も感じないのです。

頭の中で何かを考えるのは無理難題で、考える気力も薄い状態にも関わらず意識は起きたままでした。

そこでベッドから起き、椅子に座ったり、廊下を徘徊したりして過ごし、2時の回診が済んで再び寝ることに挑戦しましたが、それでも意識のスイッチが切れません。

結局ホボ起きたまま。

部屋の中でベッドに横になったり、椅子に座ったり、毛布にくるまって廊下を徘徊して過ごしました。

この晩の中で最も意外だったのは、部屋に備わっているタイル張りの冷たい感じのバスルームの中。

なぜかそこで突然に5歳の時の赤痢誤診事件のことを思い出しました。

これは驚きました。

総合病院の中で赤痢患者と一緒に隔離される前に、街医者の手術室の中に隔離された時のことです。

全てが冷たいステンレス製の手術室で、手術部屋用の巨大な円形のランプが手術台の上にありました。

部屋には格子窓があったのですが、中は不気味な感じで薄暗いのです。

記憶の中の子供の私は、壁についているステンレス製のシンクの下に隠れてうずくまり、遠くの窓にみえる外の明るさをジっと眺めていました。

この手術室が不気味な冷たさなのです。

きっと覚えてないだけで、別の何かを怖がっていたのだと思います。

手術室ですから、そこで切った貼ったが行われていたのは容易に想像できるし、そこで息を引き取った人もいたでしょう・・・。

多分そんな部分を感覚的に怖がっていたのだと思います。 

これを思い出す時は、異様な怖さと同時に、悲しいを通り越し、凄く切なくなるのです。

しかし意識が感情と上手く接続されていない状態だったので、感情は少しだけしか上がってきませんでした。

考えたというよりは、過去の事実を思い出した感じで、その時の感情は霧の中な感じでした。

そんなことを窓も無い冷たいバスルームで思い出したのです。

そこでフト思ったことがありました。

この中に隠れて眠ってしまいたい・・・。

ドアを閉めてしまったら、きっと誰にも見つからない。

すぐさま大人の私が戻ってきて、そんなことをしても然したる意味はないのだと悟ってしまい、バスルームの中に隠れて寝てしまうのは止めました。

部屋の中が少しずつ明るくなり、それが神経に障る感じがしたのでブラインドを全て降ろして薄暗くし、それまでと同じように、ベッドに横になったり、椅子に座ったり、毛布にくるまって廊下を徘徊したりして時間を潰しました。

結局のところ、ホボ寝ることなく朝になり、6時30分にカフェが開くので朝食を頼みました。

この頃になると病棟自体が騒がしくなり、それまで静かに寝ていたと思われる患者たちが起き始めました。

すぐさま昨晩と同じように悲鳴やら叫び声が聞こえ始め、沈黙の時間はアっと言う間に消え去りました。

これも不思議なもので、一気に騒がしくなったのは興味深かったです。

もう少し続きます☆

2014/09/04

脳卒中を巡る病院ドラマ①脳卒中?

アロハ


アセンション絡みに関係すると思われる些細なことが色々と起きていますが、 メジャーなことが起きました。

そして、それは意外な展開へ・・・。 

ことが起きたのは9月2日の朝。

正直に書くと「緊急入院」させられたのです(困)

この日の朝はなぜか幸せ感を強く感じました。

予定としては午前10時からダウンタウンの総合病院付属のクリニックでカウンセリング。

9時頃にはダウンタウンに到着する予定で家を出ました。

この時も、いつもより幸せ感が高かった。

少し変カモ? と思いましたが、幸せ感を変だと思う方が変なので、今日は幸せな日なのだとバス停へ・・・。

8時30くらい:ダウンタウンへ到着。 

時間があったので、キンコスというコピー屋さんに行って数枚コピーしようと探しました。

何度も行ったことがる店なので、探すのは簡単なハズと思って記憶を引き出そうとしたら、中々思い出せません。

この時にいた場所は、コピー屋さんの近くなのは解りました。

でも正確にはどこだったっけ?

とりあえず近くのはずなので、バス停から2ブロックを歩いて検索。

しかし発見できませんでした。

バス停に戻り、近くにピート珈琲を発見したので、まずは珈琲を飲むことに。

珈琲とブルーベリースコーンを購入。 

店を出て信号待ちの間にコピー屋さんをGoogleマップで検索。

実はコピー屋さんは自分の眼と鼻の先。

信号のはす向かいにあったのでした・・・。

今から考えたらコレも変だったと思います。

こういう場合の記憶力ってある人なのに?

私は場所に関する記憶力はある方なのです。

仮になんとなく曖昧にしか覚えてなくても、感覚で探し出せてしまうことも多々ある人です。

全く知らない街で知らない店を探したこともあります。

知らない街で道に迷っても目的地まで辿り着いたことも多々ある・・・。

いつの間にか地図の読めない男? または方向音痴になってしまったのか? と少し反省。

コピーを済ませ、バスを待っている間にスコーンを半分食べました。

8時50分:バスに乗車。

9時過ぎ:病院に到着。

私の場合、場所が変わったり、病院に行くと感覚が変わるので、色んな体感が始まります。 

病院で色んな波動を引っぱってしまうのは普通だし、そんな事には慣れてしまっている・・・。

まだ時間の余裕があったので、地下のカフェテリアに行って何か食べようと考えました。

今から考えたらコレも変。

病院に来る前に、ダウンタウンでコーヒー+スコーンを半分食べていたので、そんなにお腹は空いてない。

そんな状態なのにチーズとベジタブルのオムレツとダイエットコーラをGET。

9時40分ちょっと気分が悪くなり、感覚が微妙にズレ始めていました。

しかし時間を気にしてクリニックへ。

最初にトイレに行って放尿。

この段階で ウ? 少し変カモ? と気づきましたが、あり得ることなので、凄く変だとは思いませんでした。

9時45分:チェックインの段階で意識が一気に変ってしまい、受付のオバさんの話しが遠くなり、返答するのも難しい状態に・・・。

きっと近くにいる他の患者さんの何かを引っぱっているのだとしか思いませんでした。

アンギザエティー(不安症)に少し似た感じだったのですが、それと同じではありません。

なので、あまり心配はしていなかったのです。

午前10時:カウンセラーと話している間もカナリ変で、カウンセラーが入ってきて数分で脳内に幸せ物質が出始めました。

しかし先生の方は、不安症じゃないのかと言うのです。

しかし、わたし的には大きな違いがありました。

アンギザエティーとパニックアタックは何度も経験しているので、それだったら簡単にわかります。

これらの基本は不安による動悸や息切れ、目眩い、失神手前などの感覚です。

それと同時に不安感や恐怖感などの感情が襲ってきます。

しかしこの時は精神的にも感情的にも普通に近かったのです。

どちらかというと幸せな感じ?

朝から幸せ感の方が大きかったので、ドキドキする感じも、悲しかったり、怒りや混乱で不安な感じではありませんでした。

 アレ? やっぱり変・・・? 

客観的になんとか乗り越えようと試行錯誤していたくらいです。

そのうちに頭もグラグラし始めて、カウンセラーの話しは聞こえるけれど、普通に反応しにくい状態になりました。

意識は明確にあり、話しは聴こえます。

しかし上手く把握できないのです。

内容を認識するのが難しい・・・。

普通に反応するのは極めて困難な状態でした。

凄く距離感がある感じです。 

視野が狭くなったり広くなったりで、音の聞こえ方も敏感になり、全てが大きく聞こえてき始めました。

そんな体感の中で普通に話す努力をしていたのですが、傍からはそのようには見えなかったのでしょう。

10時50分:「看護師に診てもらって、ドクターに検診してもらった方がよいと思うわ」と言われて、そのまま別の部屋に移動。

そこから全てが予期せぬ方向へ進展し始めました。

病院関係者は私の症状から「ストローク(脳卒中)」を心配し始めたのです。

この時点では方向感覚もグチャグチャで、普通に真っ直ぐに歩けませんでした。

雑音が耳障りなくらい大きく聞こえる。

看護師の方の声が異常に強く聞こえ、耳を覆ってしまいたくなるほどでした。

医者は反射神経のテストで、目の前に差し出された指先を診て下さいと色々テストされ、皮膚感覚も試され・・・。

コットン棒や爪楊枝の先で右半身と左半身の感覚をテストされます。

私の場合、左半身の方が微妙に鈍いというか、右半身の方が皮膚感覚が鋭いのだと良くわかりました。

左半身の一部は、カナリ鈍いというか、麻痺に近い部位もあることが判明。

これは何となく解っていたので、そんなに驚きはしませんでした。

驚いたのは、医師の診断です。

結果として、ストローク(脳卒中)の前触れ、または軽い脳卒中ではないかと診断されたのです。

「脳卒中ですか?」

この辺はかなり混乱しました。

いきなり「脳卒中の疑いがある」と言われたら誰でも揺らぐと思います。

感覚が部分的に離脱している状態だったので、感情的に反応しにくかったのですが、それでも少しパニックになりました。

脳卒中?

下手したら半身不随な状態ですか?

+言語障害

+認識障害

色んなことが頭の中で駆け巡りました。

ワタシ「脳卒中または、その前兆ということですか・・・?」

医者「その可能性が高いと思います」 

ワタシ:半泣き撃沈状態「あなた達は私を怖がらせています」

医者「一刻で状況が変わりえますから、ERへ移動します」

この辺ではカナリ感情的にグラつきました。

わけが解らないまま、階下の緊急治療室へ移動だと言われます。

色んなことを考えました。

もう死ぬことは怖くありません。

その理由は、意識は死なないことは良くわかったからです。

しかし肉体が普通に機能しないのは恐ろしい。

何せ感覚そのものが普通じゃない状態だったので、反抗するのも難しく、アレよアレよという間に車椅子に乗せられてER(緊急治療室)に連れていかれました。

そこでも「こっちを見てください」の質問攻めにあい、皮膚感覚のテスト攻めにあい・・・。

この経験で興味深かったのは、医者というのは患者の置かれている状態をうまく把握していないというか、無理強いのように事を進めていくこと。

私の方はホボ全ての感覚が変で、自分が置かれている状況についていけない状態です。

しかも看護師は腕や手の甲に注射針を射込もうとしています。

私の血管は滑りやすく、大抵の場合は一回で針が血管に入ることはありません。

なので看護師は何度も針を刺さなければいけない・・・。

 
普通の状態だったら、何度も針を刺された時点で気が遠くなり、頭が真っ白になり始めるのですが、感覚が半離脱状態だったので平気でした。

そんな最中で医者は色んな質問をしてくる。

「すいません、あなた達は今の私の状況を考えずに質問しています」と言ってしまいました。

針を何度も射されて痛いのに、 医者の方を向いて話しを聴けというのは無理難題だったからです。

医者の立場としては、瞬間がものを言うので、とにかく私の意識がある内に可能な限り話しを聴き出したいのは解ります。

しかし、私はそれどころじゃない・・・。

医者の質問攻めと同時に注射針攻撃にあったら誰でもそう思うと思います。

意識が散漫になっている状態で、同時に二つのことに集中するのは至難の業でした。

こういう状態の時に医者側の立場を考える必要は然程ないのだと解りました。

ERで働く人たちの意識は興味深いです。

彼らにとってこういう状況は普通なので、然程のことでは動じません。

なので気にせずに表現する方が健康的です。 

そんな中でソーシャルワーカーも入ってきて一言。

「もしもの時のために、連絡したい、またはしておきたい方を二人教えて下さい」

エ・・・?

これは以前にも経験あったので、そんなに驚きませんでしたが、誰を指名するかは考えました。

もし意識がなくなり、仮死状態、または昏睡状態、植物人間になった場合、誰が生命伊維持装置のスイッチを落とすか指名してくださいということだからです。

どうしよう・・・。

とりあえず元彼とサマミシ家の奥様を指定・・・。

こういうのって色々と考えさせられました。

メモとして「もし仮に植物人間状態になったら、全く気にせず生命維持装置を落として下さい」とソーシャルワーカーに伝達。

それから、すぐさま脳のCTスキャンに回されました。

普通の脳卒中だったらCTスキャンで形跡が解るそうです。

流れ作業のように進んでいく中で、造影剤を投入されます。

造影剤に関する注意事項を話され「身体の中が熱くなる」と言われました。

私は閉所恐怖症ではないので、そんなにパニックになりませんでしたが、かなり意識して平静でいようと努力しました。

しばらくすると造影剤が身体の中を駆け巡り始めるのが明確に解りました。

頭の中から足先まで異様に温かい化学薬品が移動していくのです。

これは微妙というか、変な体験でした。

CTスキャン室は8〜10分くらいだったと思います。


スキャンそのものは5分以下だったような・・・。

その後に起きたのが身体の痙攣(けいれん)です。

造影剤に反応したのか、身体が軽いショック状態になりました。

移動するベッドの上で微妙に痙攣してバウンス続けるのです。

そんなことくらいでは驚きもしない看護師と医者たち・・・。

ワタシ「身体が反応してショック状態ですけど大丈夫でしょうか?」

看護師:返答無し

ワタシの内心:こういう状態は大したことではないのですね・・・・。じゃぁあまり気にしないように観察します・・・。

ER内に戻り、カーテンで仕切られた個室に戻されます。

すぐさまCTスキャンの結果が伝達されました。


とりあえず問題なし。

どこにも脳卒中の形跡は見られなかったと伝えられました。

しかし脳卒中の形跡がCTスキャンに現れない可能性もあるので、それはMRIで調べると言われました。

比較的マイルドな脳卒中の場合、その形跡はCTスキャンでは読み取れないのだそうです。

MRIとは、magnetic resonance imaging 磁気共鳴映像法の略で、強力な磁気で共鳴させて体内のイメージを撮影する技術です。

この頃にはグッタリ状態になっていました。



意識はありましたが頭の中がグラついているし、呼吸は浅めの状態です。

その内に頭の中が腫れているような感じの軽い頭痛が始まりました。

看護師いわく「造影剤の影響ではないか」と言われました。

脳内にも普通では入って来ない化学物質が廻ってくるので、変な感じを受けても普通なのでしょう。

私の場合は過敏症なので、それがより繊細に解るだけ・・・。

きっと普通の感覚では解りにくいのかも知れません。

意識すれば頭の中の液体の動きまで追跡できると言ったりしようものなら、気違い扱いされるのは眼に見えていたので、そこは黙っていました(笑)

普通の人は脳内のことを感じるのは難しいのだと思います。

とりあえずER内でできることは終えたので、第一段階は終わりなようでした。

しかし検査は終わってないので、病室が準備されるまでカーテンで仕切られた個室のベッドに横にならされたまま待つことに。

右腕には注射針のプラグが刺さっているし、指先には心拍数の機械。

胸には心電図用のパッドが装着されているので、動きにくい。

しかも頻繁に放尿したくなり、短時間で二回も溲瓶にオシッコという具合でした。

しばらく一人で放置され、ここで色んなことを考えました。

ワタシの人生ってこういうのが多くない?

自分の意図とは関係なく、病院に収容されることが何度も起きるのはなぜ?

これは考えさせられます。

最も幼い時の記憶で強烈だったのは、5歳の頃に赤痢と診断されて、町医者の施術室の中に隔離されたことです。

そこから総合病院へ移され、大人の赤痢患者の中で隔離に・・・。

この時は状況をよく解ってなかったので深く考えることもありませんでした。

そして40代後半になり、フトしたことで母に聴いてみたら意外な答えが戻ってきました。

「あぁ、あのことね、実は、誤診だったのよ。赤痢だって始まったのだけど、そうじゃなかったの」

ワタシ:・・・・。アレって誤診だったんですか?

その他にも誤診されたことは多々あります。

誤診に関しては反応しなくなってますが「隔離」となると話しは別。

きっと過去生で何度も隔離されたのだと思えるほど「隔離」される状況には敏感です。

どうせワタシは普通じゃない人なのヨね・・・。

そんなことを思い出しながら、まず誰に電話をかけるかを考えました。

しかし携帯電話の入っているバッグが見当たらない・・・。

しかも看護師の注意をひこうとしてもカーテンで隠されて見えないで彼らを摑まえるのも難しい。

大声をだしてもよかったのですが、そこまで急いでいるわけでもないので、誰かが近くを通りかかったら声を出して読んでみても聞こえない様子でした・・・。

ERで働く人たちの意識というのは、ある意味で部分的に閉鎖されているようにしか視えません・・・。

しかも感情さえも部分的に閉鎖されている。

メンタル域では、深く考え過ぎないように、冷静さというか、過敏に考えないように訓練されているのがよく解りました。

こういう環境で敏感に反応していると仕事にならないのは確かだと思うので、それをどうこう言っても仕方ありません。

やや大きめな声で呼んでも、カーテンの隙間から手を振っても誰も見てくれないことが続きました。 

ここで最もタフだったのは、両隣で起きている対処でした。

右隣は完全に精神分裂している方・・・。

こちらは絶えず大声で頭の中で考えていることを叫んでいる。

少し話しを追っていたのですが、人格が変わるので話しの中身が急に変わる・・・。

いったい何人の人格に分裂しているのか興味深かったです。

話しはナンセンス極まりない内容なので、真面目に聞くのは至難の業です。

感覚がズレていたので、普通に頭に入ってこないのは幸いでしたが、延々と聞こえて来るナンセンスな話しは普通なら面倒だろうと思いました・・・。

そして左隣も同じようにイってしまっている若い男性。

こちらは混乱しているというよりも、全てを普通に把握できていない、認識できない方。

医師の男性はこの方に「協力しないのなら、無理強いでベッドに縛り付けるしかない」と言っていました。

しばらくして図体のデカいセキュリティーの男性が5人も呼ばれ、ベッドに縛り付けた模様・・・。

暴れていたわけではなかったのですが、一人で縛り付けるには危険だったのでしょう。

きっと5人で同時に縛り付けたのだと思います。

こちらの方もブツブツと一人で話している、それを聴いた右隣の方が反応して大声で話し始めるという状況でした。

少し空いているカーテンの隙間から見えたのは、壁に沿って放置されていた男性老人のベッド・・・。


こちらは意識があるのか疑問で、全く動かないし話さない。

看護師が話しかけていましたが反応していない様子でした。

死んでいるわけではないみたい・・・。

男性の看護士がやって来て服を脱がせ、電気ショック用のパッドに見える物を取り付けようとようと努力していたのですが、相当難しそうでした。

ワタシ:死んだ時ようの下準備ですか? 

目の前で心臓電気ショックなんか行われたら、私の身体はどういう反応をするのだろう・・・?

少し不安になりましたが、幸いにも電気ショックで再生は行われなかったのでよかったです。

なんとか看護師をの一人を摑まえて、バッグを探してもらい携帯電話を取り出しました。

さて誰に連絡するか?

普通の日だし、脳卒中の可能性と言われても、それが確定したわけでもないので、誰かれ構わず電話するのも問題だと思い、しばらく考えました。

とりあえず、シアトルにいると踏んだ元カレに電話してみました。

運よく摑まったので状況を手短に話し、すぐ来てくれることに。

次にサマミシ家の奥様に電話。

ここいら辺は自分でもどういう風に話したのか上手く思い出せません。

混乱していたので、きっと話しが変だったのは間違いないでしょう。 

すると看護師がやってきて、病棟の個室が準備できたので移動すると言われました。

ちょうどよかったので、再び元カレに電話して、看護師から行き先を伝えてもらいました。

この時点が午後4時前。

ERの滞在時間は約4時間半でした。 

病院から解放されたのは翌日の午後4時前です・・・。 

まだまだ続きます・・・(笑)

2013/07/05

7月4日建国記念日のUFO


7月4日建国記念日の打ち上げ花火とパーティーも終わって、片付けを手伝っている間にラナイに座ってダウンタウンの夜景を眺めていたら、ここでもUFOを目撃しました。

花火が始まったのが午後10時からで、終わったのが20分。

それから片付けやらが始まってラナイに座って夜景を眺め始めたのは約11時頃だと思います。

打ち上げ花火の時に良くUFOが現れるというし、実際にワイキキの新年の花火の時には合計7機もの赤い光りのUFOが来ていました。

なので今回のユニオン湖の花火でもUFOが来てもおかしくないと思っていましたが、花火が打ち上がっている間は、近くに数多くの飛行機やらヘリコプターやらも旋回していて、残念ながらUFOが近くにいたかどうかは解りませんでした。



▲こちらは夕焼け前のダウンタウンの風景

花火が終わってからダウンタウンとウェストシアトルが見える方角を見ていたのですが、ビル群の上に赤い光りが現れたのです。

普通だと飛行機は白や赤のランプを点滅させながら飛行するのですが、この時は赤い光りだけで、点滅もしていませんでした。

ただ赤い光りがダウンタウンを目指して近づいているようにしか見えません。

ワイキキで2013年の新年カウントダウンの時に見た複数のUFOも赤い光りだったので、それを思い出しました。

少しずつ赤い光りがダウンタンへ近くなっていたのですが、ちょうどダウンタン上空くらいで空中に掻き消えてしまったのです。

しばらく続けて見ていましたが、そこからどこかに現れたわけではありません。

何だかなぁ・・・UFOだろうか? 

とにかく不思議な赤い光りを見たと思って、まだしばらく観察を続けることにしました。

その理由は、ここ最近のUFO目撃というのは、一回だけでなく二回は同じように現れることが多いからです。

ポートランド近くの街の道路でUFOの下を通過した時も同じシチュエーションが立て続けに2回起きました。

キャピトルヒルのコンドで寝ている時に瞼の裏に入って来たUFOも二機でした。

ラナイから見た飛行機のようにも見えるUFOらしき何かが作り出していた怪しい直線的な雲の時も追いかけで2機でした。

そんな背景もあって、UFOが現れる時は「2機がセット」という感じだったので、次が現れるのではないかと思っていたのです。

すると3〜4分後に2機目が現れました。

一機目と同じ位置から現れ、同じようにダウンタウン上空に近づいて来ました。

この時も雲は無く、途中で雲の中に消えて見えなくなるという状況は考えられません。

二機目を観察していたら、近づいて来たと思ったら、後ろに後退していくように赤い光りが少しずつ小さくなり始めたことです。

そして少し小さめになってから空中に掻き消えました。

プツっと消えたのではなく、空中に溶けるようにして消えました。

そして深夜過ぎになってリビングのソファで寝たのですが、ベッドではなくソファなので寝付きが悪く、身体は寝たい感じだったのですが頭が起きていて寝に入るのが大変でした。

1時間以上くらいソファに横になって寝る努力をした結果に、何とか眠りに落ちたのですが、朝の3時過ぎくらいになって熱くて目が覚めました。

しかも不思議なことに背中にヒーターがあるように熱いのです。

ソファの中で動いてみたら、熱いのは背中というか背骨だけでした。

仙骨から首までの背中が熱いのです。

何かの理由で寝ている間にクンダリーニが上昇してしまったようでした。

ソファーから起きて部屋の温度はどうなのだろうと思って立ち上がったのですが、部屋の中は普通の気温で、暑くはなく、どちからというと少し寒いくらいだったのです。

再び横になって背骨が熱発電を始めた原因として思い当たるのは、4日の朝から背骨から気管支を通じて出現するゲップが新境地を迎えて、何かをブレイクスルーした感じがあったことです。

特に花火が終わって寝る前まで物凄いゲップとゲホゲホの連続で、相当の量の何かが排出されて、スシュムナー管のクリアリングがそろそろ終わりに近づいているのではないかと思っていました。

クンダリーニが上昇する時にも様々なヴァリエーションがありますが、昨晩は背骨の中心軸に近い核の部分がヒートしている感じでした。

そしていつもの時よりも熱が強かったことです。

そういう状態だったので、何か別のことが起きるかもと思って瞼を閉じて、瞼の裏の映像を観察していました。

いつもより鮮やかなヴァイオレットの光りが見えたり、時々のようにフラッシュするエメラルドの光りが現れたりしました。

しかし何かの映像が見え始めたわけでもなく、眠りに落ちてから夢の中で目覚めて別次元の映像を見始めたわけではありませんでした。

そんな感じで寝ていたら睡魔がやって来て、明け方になって眠りに落ちたのです。

朝日が昇って目が覚めた時は、まだ眠たく、一度置きてから再び寝に入りました。

朝起きてから立って身体を感じてみたら、いつもより背中の状態が強くなっているような感じがしました。

何となく背骨が強くなっている感じです。

今晩も何か起きるかも知れないので観察してみます☆

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2013/07/03

UFOのビデオ撮影に成功!



シアトルに来てから何故かUFOを目撃するチャンスとコンタクトの割合が格段に増えています。

そして何と!

6月29日の午後にシアトル上空に現れたUFOを少しだけですがビデオで撮影することに成功しました!

この日は朝も2機一緒に飛行しながら細長い雲を造っているUFOを目撃したのですが、その午後にも目撃。

初めてのUFOビデオです。

最初はピュージェットサウンドという内海の上空に現れ、その時はガンブラックの色で、形は卵形で、その表面はツルツルではなくオーガニックのように見えました。

その奇妙な飛行物体がダウンタウンシアトル北部のかなり上空をユックリと移動していったのですが、陽の光りの関係で途中からグレーに変わり、そして白色になりました。

こちらに来てから異様な動きをする雲を何度も見かけたので、ツイツイ観察していたら、やはりUFOだったのです。

そして翌日の明け方にベッドルームでコンタクトが起きました・・・。

続く・・・




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2013/06/23

★まか〜ウラのSEATTLE日記がオープン☆


ただ今わたしはシアトルに滞在しています。

こちらで個人セッションやミニワークショップを行い、その合間にシアトル周辺の情報と写真の撮影で忙しくしております。



こちらのBlogでもシアトルでの出来事をアップしていたのですが、ハワイものやらエジプトもの、ET系などに加えてシアトル情報が混在してしまうと、今でも一体どんなBlogなのか解らいのに、もっと解りにくくなってしまうと思い、そこで 「まか〜ウラのSEATLE日記」をオープンしました。

http://makaula-seattle.blogspot.com/

1993年から約4年間この街に住んでいましたが、その時には想像もつかなかった程の速さで進化を遂げています。

こちらのBlogではノースウェストのシアトル近郊に関する内容にフォーカスすることになります。


日本人にとってのアメリカは、ロサンジェルス、サンフランシスコ、ニューヨークという三大都市は良く知られています。

スピリチュアル系に興味のある人は、ハワイ、アリゾナ州のセドナ、北カリフォルニアのシャスタなどがパワースポットとして注目を浴びています。

ではハワイ、セドナ、シャスタの他にパワースポットがないわけではなく、その他の地域のパワスポは知られていないだけなのです。

ノースウェストのシアトルのユニークさは、その他のパワスポとは少し趣が違います。

シアトルには一昨年から頻繁に訪れるようになって来たのですが、その頃から「シアトルは未来都市のモデルになる」と上から聴かされ続けていました。

その頃は「未来都市のモデル」という意味が良く呑み込めていなかったのですが、昨年あたりから全体像が視えてきました。 

☆シアトルは近未来のモデル都市である

☆マイクロソフトの本社やグーグルを始めとしたデジタルな街

☆エコロジーと環境維持と保存・修復に対して意識の高い街

☆まだ知られていない様々なパワスポがある州
☆コースト・ネイティブアメリカンの教えが生きている街

この街に住んでいた頃は、ネイティブアメリカンの文化に対して然程の興味を持っていたわけではありませんでした。

有名な「シアトル酋長の手紙」という本から、ここにはネイティブアメリカンの文化があるとは知っていましたが、そこを深く掘り下げてみたいとは考えなかったのです。

今までハワイアンのフナの叡智やら、 エジプトの黄金ファラオの練金術などを探って来ました。

シアトル周辺に住むコースト側のネイティブアメリカンの文化の中にも、この二つに関係する何かが隠されているのだと昨年の滞在の時に解りました。

フナの秘教+黄金ファラオの練金術+コーストインディアンの叡智が結びつく先とは一体どんなものなのか・・・?

「天空神ホルスの錬金術・黄金ファラオの秘宝」は今までの内容を解りやすく一冊にまとめる作業を進めていますが、もう少し時間がかかると思います。

こちらのBlogも今までと同様に同じ路線で進んで行きますが、「まか〜ウラのSEATLE日記」も絡む所が多々でてくると思いますので、こちらの方もブックマークを忘れずに☆

ステイチューン☆ 

 




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2012/08/13

ツタンカーメン王とファラオの黄金時代展

ALOHA

まだシャスタ山→シアトル観光の続きがあるのですが、シアトル美術館でエジプト系と北方カナディアン・ネイティブの話に絡んでアセンション的な話になってしまったので、先にツタンカーメン王と黄金のファラオ展のことへと進んでしまおうと思います。

シアトル周辺の話はまた後ほど。


7月の19日にシアトルに到着してホテルにチェックインして部屋に入ったら私を待ち受けていたのは「ツタンカーメン王とファラオの黄金時代展」が開催されていることをフューチャーしたルーム雑誌でした・・・。

シアトルに来る前に知っていたら良かったのですが、何故か知らなかったので部屋で見つけて驚いたのです。

「こんな所で再びエジプトに出会うとは・・・!」

これはキっとツタンカーメン王の呪いだと思いました(笑)

きっとこの偶然は、この展示会に行け!というお達しなのだと決めつけて(笑)、そくざにチケットマスターに電話して当日券を購入。

この展示会は現在のところ大人気のイベントなので、夏の観光シーズン真っただ中ということもあり、事前にチケットを押さえておかないと、フラリと行ってチケット下さいと言っても駄目な可能性が多々あります。

その理由は一日に入場出来る人数が限られているというか、30分おきに所定の人数しか入館させないシステムになっていると同時に、平日の最終入場時間は午後4時で、閉館は午後6時。

本当は午前中のチケットが欲しかったのですが生憎のように売り切れで、手に入ったのは午後2時30分入館のチケットでした。


とりあえずホテルで少しリラックスして、それからダウンタウンに出かけてウェスト・レークセンターというモールまで歩いて行きました。

イベント会場であるパシフィック・サイエンス・センターのあるのは、シアトル名物のスペースニードルのあるシアトル・センターという場所です。

そしてダウンタウンの中にあるウェストレークのモールから、何と!モノレールで行くことが出来るのです!


モノレールと言ってもホンの数分でアっと言う間に目的地についてしまうという短さなのですが、バスに乗って行くよりも便利だし、歩いて行くには少し遠い場所なので、このモノレールの存在はとても便利。


モノレールだけでなく、このモールの地下にはバスのターミナルが併設されているので、ここから色んな場所へ移動することも可能です。


こちらはモノレールの発着場。

スペースニードルのあるシアトルセンターは旅行者にとって有名な観光名所なので、すでに沢山の人が次のモノレールを待っていました。


とりあえず皆さんと一緒に乗り込んで、ツタンカーメン王とファラオの黄金時代展が行われているシアトルセンターへと出発です。


このモノレールはまだシアトルに住んでいる時にはスデに開通していたので、随分と前に建設されたものです。

乗り込んで到着まではほんの2分くらい。

本当にアっ!という間に目的地に到着してしまいました(笑)

モノレールから周辺の風景が流れて行くように見えるわけですが、昔は閑散とした雰囲気の否めない地区も、色んな場所で建築作業が行われていて、シアトルセンターの少し手前の地域もこれからさらに発展してゆくのでしょう。


シアトルはこのモノレールを含めて、空港からダウンタウン接続のライトリンク、センチュリーセンターという野球場のドームやら、公共施設の設置に関してはとても意欲的な街で、ライトリンクはさらに路線が追加・拡大される計画が進んでいて、色んな場所へ楽に簡単に移動できるような都市計画が行われています。


こちらがシアトルセンターの敷地内にあったツタンカーメン王とファラオの黄金時代展の看板。

この展示会は2004年にスイスで始まり、ドイツに移動して、2005年からアメリカの各地で行われて来たものです。

近年で行われて来た州は以下の通り。


2013年の1月6日で終わるシアトルでの展示会がアメリカ・ツアーの最後となります。

テキサスで展示会が行われているのは知っていたのですが、わざわざこのためにテキサスまで飛んで行くだけの勇気はなく、残念に思っていたのですが、こんな感じで観ることが出来たので運が良いというか、何と言うか・・・。


こちらがシアトル名物のスペースニードル。


シアトルセンターの一帯は多目的な構造で、コンフェランスセンターやら、ミュージック・ミュージアム、ガラス工芸のミュージアム、コンサートアリーナなど、沢山の施設が一カ所に集中しています。


スペースニードルを下から見上げた写真。

まるで宇宙船のように見えますね(笑)


シアトル周辺はUFO目撃も多々あり、アメリカで最初に未確認飛行物体が写真に収められたのは、レニア山を飛行するUFOで、このスペースニードルの周辺でも目撃されています。


こちらがツタンカーメン王展の行われているパシフィック・サイエンス・センター。


実はここへ入るのは今回が初めてで、昔ここに住んでいた時には、子供向けの科学博物館的な内容なので入ってみようと思わず、今まで先送りにされてしまっていました。



パシフィック・サイエンス・センターの中は、子供達が様々なセクションで科学的な内容をインタラクティブに楽しく学ぶことが出来るようにデザインされている、IMAXシアターも併設されているアミューズメント的な施設です。

一応は子供用の施設なので、子供連れがターゲットですが、大人も充分に楽しめる施設だと思います。


こちらがセンター内に設置されていたツタンカーメン王とファラオの黄金時代展のディプレイ。


館内でもチケットを予約・購入することが可能になっていました。


これは昔に使われたポスターですね。


お土産というか、記念品的なお皿も購入出来ます(笑)


チケットはサイセンスセンターの入館料も含まれているので、ツタンカーメン王展は2時30分の入館だったのですが、早めに入ってサイエンスセンターの方も観れて良かったと思います。

想像していたよりもカナリ広いセンターで、歩いて廻るだけでも体力勝負。

子供連れなら充分に半日は楽しく過ごすことが出来るでしょう。


そんなこんなで過ごしていたら、結構アっという間に入館時間になってしまいました。

私の2時30分の入館は遅い方なので、鑑賞出来る時間は最大で2時間になり、ユックリ・じっくり嘗めるように鑑賞したい場合は、午前中のチケットを手に入れるのが理想的だと思います。

この日は大混雑していたので、後ろから人が絶えず追いかけてくるし、一つの展示物にも沢山の人が群がってしまうので、物によってはユックリ鑑賞すると同時に写真撮影する暇も見つけにくいというか、焦ってしまうというか、オマケに時間も気になるので、早く入館する方が無難です。



Limited time only. Join Pacific Science Center and save $10!



Pacific Science Center

200 2nd Avenue North, Seattle, WA

(206) 443-2001


アロハ

ツタンカーメン王とファラオの黄金時代展はフラッシュを焚かなければ写真撮影は許可されているので、出来るだけ沢山の写真を撮影して帰ろうと思ったのですが、オバカな私はデジカメの予備電池を多めに持って行くのを忘れてしまい、途中で電池切れでバタンキュー・・・。

こういう時は予めカナリ多めの予備電池を持参することを忘れない方が良いでしょう。

また現在のデジカメは本体を電源に接続してリチャージ可能なバッテリーを使っている場合が多くなって来ましたが、これも場合によっては使いにくいと思います。

それはバッテリーの電源が切れてしまうとバタンキューで、運良く会場でリチャージすることが出来たとしても時間がかかるからです。

こういったシチュエーションの場合は、単三電池などで起動して、切れたら新しい電池に入れ替えことが可能な機種がお勧め。予備の電池さえ持っていれば、切れても入れ替えて撮影を続けることが出来ます。

その後はiPad2のカメラで出来るだけ撮影しましたが、こちらのカメラの性能は最新のiPad3に比べると非常にクォリティーが悪いので、奇麗に撮影は出来ませんでした。

iPad2のビデオ撮影はとても奇麗なのに、カメラ機能となると質が悪いのは少し困ったちゃんだと思います。

iPadを購入するのであれば、2よりも3の方が最新のiPhoneと同じレンズで、遥かにクォリティーと質が高いので、そちらの方をお勧めします。



とにかく物凄い混雑で、余裕の空間で鑑賞するのは難しい条件下。

そんな最中で写真を沢山撮影しようという目論みも同じく難しい・・・。



この日は主にいつもの小さなデジカメで撮影したのですが、クォリティーの高い写真を撮影したい場合には、やはり一眼レフを持参するべきでしょう・・・。

小型のデジカメだと色んなところで不備というか、巧く写真を撮るのが難しいです。





ネットや雑誌に掲載されている写真というのは、主に正面からのショットが普通なので、こういう風に石像の裏側が解らないのが困りもの・・・。

前から後ろの構図はどうなっているのか知りたかったので、ぐるりと観れて良かったと思います。

しかし、このファラオの石像のかぶり物ですが、一体どのように布を頭に巻けばこういう具合の後ろになるのか解りません。

この石像の首の後ろに出ているのは、頭巾を束ねて別の紐でグルグル巻きにした姿なのか? それとも全く違った何かの意味があるのか?

観ようによってはコブラのシッポのようにも見えなくはありませんが、そういう細かい部分まで解説はされていないので、疑問が拡大して行きます・・・。



こちらはメンカウラ王の石像。

首の後ろの処理は同じようにコブラの尻尾的な処理になっています。

しかしかぶり物の頭巾の方は、縞模様が入ってなく、ツルツルな処理・・・。



解説では「メンカウレ」は「カフレ」の息子で、ギザの三つのピラミッドの一番小さいピラミッドを建設し、胴体に対して頭の比率がとても小さいと説明されています・・・。




この石像の不可解な部分は、体のプロポーションが変なこと。

胴体部に対して頭の大きさは異常に小さいし、足も異常に長い・・・。



▲ツトモス三世の石像。

ツトモス三世というのは、エジプトの国境を拡大したファラオで、古代の中近東の領域で最も強大な帝国を作り上げたそう・・・。




神アムンに向けて液体の入った瓶を捧げ物を持って座っている姿だとされています。

こういった部分を丁寧に解説していただけると理解することが本当に助かると思うのですが・・・。



▲跪いているハトシェプスト女王の石像


この女性はツトモス三世の摂政をなさって帝国を支配した方。


こちらの両膝の間に挟まれている不思議な形のものは「Djed Pillar」と呼ばれるもので、エジプト神話の中で頻繁に使われるシンボルの一つ。

この形のヒエログリフは「安定性」を意味するそうで、死後と地底世界、そして死者を司るオシリス神に関係し、一般的な解釈では、オシリス神の背骨を象徴しています。


▲ラムセス二世の石像の上半身



見方によってはヘルメットのようにも見えるかぶり物はカツラだと解説されています。




気になるのはカツラであろうとされるかぶり物の側面、耳のあたりに描かれているディスクに接続されているコブラ。


こうして観ると、背中に張り付いている部分は、何かリュックサックのように見えますね。

石像の全体が解らないので何とも言えませんが、この背中の部分の構図は非常に不自然。

どうして背中の部分にシンボルを刻むのが通例なのか少し理解に苦しみます。

普通だったら石像の前部分に何かを刻むでしょうに・・・。

こんな感じで展示会の中を歩いていったのですが、古代エジプトはピラミッドの不思議だけでなく、石像などにも不思議が沢山刻み込まれているように思いましたワ。

こういう部分を細かく解説してある資料が存在しているのであれば、何とかして読んでみたいと思います・・・。


アロハ

ツタンカーメン王とファラオの黄金時代展の内容は写真が多いので、一日一回で引っ張っていると先に進めないので、久しぶりの怒濤の更新に挑戦してみます(笑)



▲こちらはブルー・クラウンをかぶったアメンホテプ三世の頭

アメンホテプ3世(Amenhotep III、在位:紀元前1386年 - 1349年、あるいは紀元前1388年 - 1351年)(Wikipediaより)

古代エジプト第18王朝の第9代ファラオ(王)。

即位名はネブマアトラー「真実の主はラーなり」の意。

トトメス3世、トトメス4世の時代を経て絶頂に達した王国を継承しました。

在位期間は40年近くに及ぶほど長く、その期間の間に、テーベにルクソール神殿を建設し、カルナックのアメン神殿と直結する分神殿とました。

その他にもテーベに広大な自身の葬祭殿も建設しましたが、後に後代の王たちによって破壊されましたが、「メムノンの巨像」と呼ばれる彼の坐像は破壊されずに残っています。




ブルークラウンは「Khepresh」と呼ばれますが、日本語読みが解りません(恥)

これは王族の冠るヘッドドレスで、青い冠、または戦いの冠とも言われます。

新王朝時代のファラオが良く戦いの際に冠っていたとされ、それだけでなくセレモニーなどでも頻繁に冠られていました。

この「Khepresh」は布もしくは青く染められた皮で作られ、小さなサンディスクで埋め尽くされています。 

またその他の王族の冠と同じように、ウラーウス「uraeus」が正面にしつらえてあります。 


(Wikipediaより)

ウラーウス「uraeus」というのは直立形のエジプト・コブラのシンボルのことで、古代エジプトでの主権、王権、神などと言った絶対的な神たる権威を象徴するものです。

このウラーウス「uraeus」のことは昨年の10月28日に起きたダウンロードに関係しているものですが、こちらはまた後ほど詳しく書いてみたいと思います。




 ▲ツタンカーメンの冠っている「Khepresh」(Wikipediaより)


▲アクナテンの冠っている「Khepresh」(Wikipediaより)



▲こちらは18王朝最後の王様ホルエムヘブ(Horemheb)のレリーフ

彼の名前の意味は「ホルス神は歓喜する」。

古代エジプト第18王朝の第9代ファラオだったアメンホテプ3世(Amenhotep III)の時代から王家に仕えた軍人で、ツタンカーメンの時代には将軍の地位にありました。

アマルナ時代以前の旧制への復帰を図り、受け腐敗しきっていた政界、官界及び軍隊を改革して、大きな成果を挙げています。統治は悪徳に対して厳罰を与えるなどと厳格なものでしが、民衆からは支持されたていたそうです。(Wikipediaより)



このレリーフの断片は、彼の戴冠式に関係するシーンであろうと推測され、太陽神ケプリへとお香を挙げている姿だと解説されています。



彼の頭の上には飛翔するホルス神の姿が浮き彫りにされています。


こちらは解説の写真を撮り忘れたので、何なのか良く解りません(困)

しかしこの女性の頭の造形は、人間離れしていると思います。



こちらの美しい金箔とターコイズの箱も解説の撮影を忘れていました(困)






この箱のデザインのモチーフの中で最も気になったのが、上の写真の三つのシンボルのパターンです。

一つはアンクと呼ばれる命のシンボル、柱のようなのがオシリスの背骨と呼ばれる安定を意味する「Djed Pillar」、そしてもう一つのシンボルはワズと呼ばれるパワーと支配権を意味しています。




▲とても興味深かったのがラメセスナクトの石像。

ラメセスナクト(Ramessesnakh)は大20王朝で長い間に渡りアムンの高神官を勤めた人物。

彼はラムセス四世によってテーベの高神官に抜擢され、ラムセス9世の統治下まで官僚として勤めています。

この時期が彼にとっての最盛期にあたり、エジプト全域にアムン神の神官の力を増大させ、それと同時にファラオの力が次第に眼に見えて衰えていったとされています。


この石像の構図の中で最も興味深いのが、ラメセスナクトの後頭部を覆っているヒヒの姿をしたトート神の姿。



これと似た構図の石像で、ファラオの後頭部にホルスが覆い被さっているものがあります。

このような構図が示しているのは、ホルスなり、ヒヒの姿をしたトートといった守護動物が、その人物と何かしらの霊的な関係または繋がりを持ち、そこから神々の力なり恩恵、またはガイダンスなりを得ていたと考えるのが妥当でしょう。

ある意味で、このような構図は、守護動物との一体化を現していると思えます。



こちらの石棺の解説も撮影し忘れました。









そしてこちらの解説撮影忘れの頭部の石像も信じがたい後頭部の張り出し具合ですね。



これだけ後頭部が後ろに伸びているというか、突き出しているのは、現代人には観られない構造でしょう。

それだけ古代のファラオ達の脳は、現代人の私たちよりも進化していた、または容積が違っていたということを物語っているのではないでしょうか?



こちらも解説撮影忘れ・・・。



この石盤に描かれている不思議な物体は一体なにでしょうね・・・?



しかも頭の上に何かを乗せている・・・・。

やはりもう一度展示会に戻って、すべての展示品の解説を撮影しなければなりません・・・。


アロハ

まだしばらく続くツタンカーメン王とファラオの黄金時代展・・・。

サッサと終わらせて次の内容に移りたいところですが、もう少し続きます。

何分にも元々はエジプト文明に対して強烈な興味が無かった人なので、解らないことや知らないことが多く、調べなければならないことが山積みになっています。

歴史的な背景に関係する内容のBlogを書くのは大変です。



こちらの石像も興味深かったのですが、解説を撮影し忘れています(困)

これまでの展示品たちは、入り口を入ってスグの場所に設置されていたもので、人の流れに乗りながら鑑賞し、何となく気に入ったものだけを撮影していて、その時には解説の重要性など気にしていませんでした(笑)

この像で面白いなと思ったのは、人物の顔。

そして左手に持っているワンドの頭部。

そしてスカートのような腰巻きのデザインと膨らみ、そして刻まれている模様?



横から見ると腰巻きスカートの巻かれ方的に見ると、縦に皺の入った柔らかめの布的に見えるのですが、何故か前部分は縦長の四角錐か何かが腰巻きスカートの中に入っているように見えます。

さらに、この右手に持っているのは一体なにでしょう・・・。



こちらはツタンカーメンの父であろうとされているお方であるアクエンアテン=アメンホテプ四世の巨大な石像。

2010年に行われたDNA鑑定により、ツタンカーメンはアクエンアテンと彼の妹であり妻でもあった女性の間に生まれた息子であると発表されています。






▲ツタンカーメンの巨像



この巨大なツタンカーメンの石像は、アイとホルエムヘブの葬祭神殿の遺跡で発見された。ベルトにはアイとツタンカーメンという名前の上にホルエムヘブという名前が刻まれています。





▲ホテプのブロック像

サッカラで発見されたこの四角いブロックの形をした石像は第12王朝時代のもので、グレイのグラナイト(大理石)製で、高さは73センチ。

ホテプとは「満足した、平和に」という意味。





このようなブロック像は、王族ではないけれど重要な存在であった個人の追悼の像とされ、寺院の参道に守護者として置かれていたそうです。

また魔法的な目的を持ち、亡くなった人の魂が石像から日々立ち上がって役目を果たして戻ってくるというアイデアも込めれているそう。



こちらは何となく気になった石盤。





人物を描いた省略されシンプルな線が美しいと思います。



会場は基本的にこれくらいの暗さ。

人が群がる展示物とそうでないものが結構はっきりしていて興味深かったです。



こちらも解説の撮影忘れ(困)



この石像のファラオが冠っているのは、アテフ冠と言います。

これは中心部に当たるホワイト・クラウン(白い冠)の側面に先端が湾曲しているダチョウの赤い羽をつけたもので、地下世界の統治者であるオシリス神に関係するものです。

中心部のホワイト・クラウンは「ヘドジェト Hedjet」と呼ばれ、上部エジプトを意味し、赤いダチョウの羽はオシリス・カルトだと解説されています。


▲アムンとラー・ホラクティ(ホルス)の像



▲こちらの像も解説忘れ・・・。







▲ファラオの黄金時代のセクションからツタンカーメンのセクションへと移動する間にあった巨大なディスプレイ。

これらはツタンカーメンの黄金のシュライン(寺院)の側面に刻み込まれているイメージから抜粋されているものです。



このツタンカーメンの黄金のシュラインも超面白いイメージが描かれているのですが、残念ながら今回の展示会には含まれていませんでした。





アロハ

日本語でツタンカーメンの一般的な情報を調べていたら、何と!現在、東京でツタンカーメン展が開催されているではないですか!!

http://kingtut.jp/


3300年の時を超え よみがえる古代エジプト黄金の秘宝

2012年8月4日(土)~12月9日(日)

1965年高度成長期、日本を熱狂の渦に巻き込んだツタンカーメンの「黄金のマスク」が来日してから約半世紀。

エジプト考古学博物館(カイロ博物館)が所蔵するツタンカーメン王墓から発見された副葬品約50点をはじめ古代エジプトの王たちの秘宝など、日本未公開の展示品を含む122点が遂に日本へ!

元エジプト考古大臣ザヒ・ハワス博士監修のもと美術的にも考古学的にも大変貴重な品々を公開。

2004年、スイス・バーゼルを皮切りに、ボン、ニューヨーク、ロンドン、メルボルンなど、各都市を巡回し世界中で1,000万人以上がとりこになった驚異の展覧会です。



おおまかな展示品のリストを見ましたが、現在シアトルで行われているものとは違った収蔵物が日本に行っているようですね。

こちらの展示会での見物は以下の発掘品!


ツタンカーメンの即位名を象った胸飾り


有翼スカラベ付き胸飾り



ザクロのモデル
そして意外だと思うかも知れませんが、最も興味深いのはコレです。

東京近辺にお住まいの方は是非とも観に行っていただきたい展示会です。




ツタンカーメンに関する基本的な情報は日本の展示会のサイトへお飛びください。


さて話をシアトルの方へ戻しましょう・・・。


ファラオに関係するセクションからツタンカーメン王のセクションへ移動。


こちらは信じられないくらいの職人技的なビーズのネックレス。


同じ構造でレプリカを制作することも可能だと思いますが、それにしても気の遠くなる作業には違いありません。



こちらの胸当てのデザインも興味深いです。



展示会の中でも異色の輝きを放っていた黄金のマスク。



意外なことに、側面にはファラオの石像に見られるようなコブラの尻尾的な部分はついていませんでした。



上から見ると、頭頂部のカーヴに沿ってコブラが這っている姿が良く解ります。










プリンセスNeferuptahのファルコンの首輪



第19王朝の第五統治者セティ二世のカトゥーシュが刻まれた黄金のイヤリング





翼を広げたスカラベの胸当て




アロハ




▲ツタンカーメン王のウシェブティ

ウシャブティというのは、亡くなった人のミイラの姿見を写した木や石の像と、彼に使えていた従者を模した像のこと。


ツタンカーメン王の墓の中からは、何と!413体もの像が発見されています。






▲アラバスター製の軟膏の花瓶

アラバスターという石には二種類があり、現在では一般的に雪花石膏のものを指し、もう一つの方解石の方は古代のものを指すとされています。

ツタンカーメン王の墓からは、この花瓶だけでなく、その他にも同じようなデザインの花瓶やアラバスター製のものが発見されました。



▲アラバスターの花瓶


▲木製の子供サイズの椅子

椅子の足の先端がライオンの足指の形になっているのは、次の世界に行くための保護と新生を象徴しているとされています。

その他のエジプトの椅子と同じく腕乗せの部分はなく、背のデザインはホルスのファルコンの姿。


▲レオパルドの頭

これはレオパルド(豹)の皮を模して作られた布製のローブに、小さな青銅のリングで添付できるようになっていてます。


土台は木材から彫刻され、石膏でコーティングされた後に金色で被覆してあり、眼には膵水晶を象嵌。

額に刻まれているのは王の名前。







▲ツタンカーメン王の三つの棺の中で最も内側の黄金の棺



この棺の重さは110.4キログラムもあります。




この棺の中に黄金のマスクを冠ったツタンカーメン王のミイラが眠っていたわけです。








▲ダチョウの羽で飾られたセレモニー用のファン








▲金製の指先と足先のカバー





▲羽を広げたコブラのネックレス


▲アヌビスの紋章



▲ファルコンの姿をしたホルス神


▲二匹の聖なる蛇に挟まれた王の姿のイヤリングの片方

このイヤリングも興味深い構図で秘密の鍵が・・・!


▲太陽のディスクを持ち上げる三匹のスカラベの胸当て

この胸当てにも秘密の鍵が・・・!!



▲中央はディスク状のファイアンス製のビーズの首輪


▲まるで宇宙人のようにしか見えない像(笑)



▲三つのリングで束ねられたスカラベの指輪

これを観た時に、この展示会に来たのは、これに出会うためだとすぐに分かりました。

このスカラベの指輪がこの展示会の中で最も意味のある、意義のある展示品です!!!

この指輪の構造が、昨年の終わりから書いて来たアセンションに関係する古代エジプトの叡智を紐解く重要な鍵なのです。

指輪ですから、その他の展示物の中でもカナリ小さなもので、デジカメは電池切れだし、iPadのカメラ機能はお粗末なクォリティー・・・。

iPadで撮影した上の写真だと一体どんな構造なのか皆目検討もつかないでしょう(困)

ウェブで同じ指輪の映像を探しましたが、検索で出て来るのは一定方向の角度からの撮影された写真で、私が求めているディテールが写っていません。

しかも検索しても2〜3種類しか出てこない(笑)

それだけ一般的に重要性を見いだされていない装飾品で、普通の人の眼には、少し変わった指輪で終わってしまっているのですが、実はこれが古代エジプトの秘儀・または秘宝を具体的に現している類希な指輪なのです!!!!

そんなわけで、私はこの指輪のクローズアップ写真を撮影するために再び展示会へ行って来ます(笑)

そして更にツタンカーメン王の墓から発見された品々だけでなく、その他に一体どれくらいの古代エジプトの発掘品が存在するのかを調べていたら、思いがけなくもう一つの鍵を発見しました。

これは指輪を観た時に理解出来たことに追い打ちをかけるような決定打というか、決定的な発見品でした。

諦めずに探せば突然に出現するものなのです・・・(笑)

神様の思し召しか、ホルス神の導きか?

ということで、これから資料を整理して、再び古代エジプトの遺産に残されていたアセンションの秘密を解き明かす内容のBlogになります。

ステイチューン


ライトボディアクティベーション


現在facebook内で行っているイベント



異星人さま遠隔ヒーリング「ライトボディアクティベーション」シーズン3


これは無料参加できるフェイスブック内のイベントです。


https://www.facebook.com/Makaula-Nakae-304407229570904/


参加条件:感想を送ってください☆


時間帯は以下のとおり


・西海岸・午後11時・ハワイ・午後8時・日本・午後3時


・所要時間は約45分〜60分


参加ボタンを押しておくと、実際にライブ参加で聞けなくても、遠隔ヒーリングの情報はオーラ内に記録されます。後から録音を聞くことで記録が活性化され、再現されやすくなります。またライブ録音しますので、後にフェイスブック内とYouTube内で再生できます。


読者の皆さんも挑戦してみては?


自分の中の何かが高速で変身し始めるかもしれませんヨ☆



☆ライトボディアクティベーションの個人セッション(スカイプ)


個人セッションなので、その時の状態に合わせて、より細かい部分の調整をサポートします。事前にどこまで録音再生して聞いたのか、また変化などの進行状況をお知らせください。


1時間$200から



録音はホームページ+YouTubeの両方でお聴きになれます。


自分の好きな時に再生できるので、一回きりの体験で終わらず、なんども落とし込めます。


ライブ参加さなってない方でも、録音を聴くだけで体が暖かくなったり、強く体感できたりしているので、強力な録音になっています。



まず「異星人さま遠隔ヒーリング」を初めから順番に聞いてください。


特に以下の三つはシッカリ聞くことを勧めます☆


・リラ・フェラインさま

・レムリアンシード

・アトランティアンシード


その次に「ライトボディアクティベーション」を初めから順番に聞いてください。



一度すべてを聞いたら、その後は聞き流す、部屋にかけておく、寝ている時に流しておくだけで構いません。


まずは一度シッカリと聞くこと☆


お時間のある方は、繰り返し再生されてください☆




異星人さま遠隔ヒーリング実験の録音


YouTubeに移植してます☆


https://www.youtube.com/makaulanakae/videos


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facebookでのLIVEロックオン録音ブログ

YouTubeにアップし始めました。


https://www.youtube.com/makaulanakae/videos


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