2014/09/05

脳卒中を巡る病院ドラマ②感覚と感情

アロハ


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 脳卒中疑惑の第二弾です。


ER(緊急治療室)からベッドに乗って移動した先はニューロサイエンス科の病棟でした。

神経科学という部所です。

脳卒中と神経科学という組み合わせがイマイチ理解しにくかったのが最初の印象。

準備されていた個室に入ると元カレのロン様が私の荷物を持って待ってくれていました。

この時は半泣き状態。

どうなっちゃうんですか? 

待っていた方も微妙な精神状態だったでしょう。

なにせ突然な出来事だったのできっと誰でも困惑すると思います。

下手したら脳卒中で、場合によってはベジタブル化してしまう。

病院にいるとはいえ、仮に事が起きて処置が速くても、どうなるのかは予測できません。

この時の脳内の状態は脳が少し萎縮していて、腫れぼったい感じの頭痛でした。

強烈な頭痛というよりは、軽めの鈍痛が続いている感じです。

意識の方は明確でしたが、全てに違和感のある状態は変わりません。

まだ意識が剝離している感じは同じでした。

会話をしていても、どこか曖昧で、絶えず少しボケている。

頭の明晰性が普通よりも遥かに遅いというか、考えるのに時間がかかるのです。

看護師に「この頭痛はいつまで続くの?」と聴きましたが明確な返答ではありませんでした。

数時間で消えるものなのか、数日かかるものなのか・・・。

この頭痛も絶えず同じではなく、脳の中心部が重たい時もあれば、移動して前頭葉が縮んだような感じになったり、側頭葉に移動したり、時間によって変わるのです。

脳幹の部位が締まる感じも多々ありました。

次はMRIでの診断ですが、スケジュールがいつになるのかはわからず、待っている状態です。

すでに午後5時近くになっていて、ランチは食べていなかったので、本当なら少しはお腹が空いていてもおかしくなかったのですが、食べたい気持ちになりませんでした。

しかし何か食べろと言われ、メニューを渡され、とりあえずオーダーを入れました。

目の前に出てくれば食欲もでてくるカモ?

ここでも医者と看護師が入れ替わり立ち代わりやって来て、ERで行われたテストをやらされました。

皮膚感覚のテストで興味深かったのは、その時によって感覚が変わること。

基本的に左半身は鈍めだったのですが、それでも部位によっては右半身より過敏なところもありました。

神経伝達というのは絶えず一定なものではないようです。

約40分後に食事が届けられました。

チキンのソテー、ほうれん草とロングビーンのソテー、カモミールティー、レンティルのスープ。

食べたいとは思いませんでしたが、意図して食べました。

私はこの数年は味覚も普通ではなくなっていて、何か美味しい物を食べたいという欲求が湧かなくなっています。

味はわかるのですが、それを美味しいと思えない。

例えば、チキンやホウレンソウのソテーの味はわかるけれど、それを美味しいと思えないのです。

塩味や甘さもわかりますが、以前のように、それらの味を楽しめないのです。

先日にフードラヴァーの友人二人と家でランチだったのですが、そこでも同じ話題になりました。

彼らは近くの無農薬スーパーから電話してきて「何が食べたい?」と聞くのです。

しかし特別に食べたい何かが思い浮かばないので「何でもよいから、あなた達が食べたいものを買ってきて」という具合です。

友人Kいわく・・・

「仕事をしていて何かが食べたくなると、そのことしか考えられなくならない? 例えばPho(ベトナムラーメン)のことを思い出したら、たっぷりバジルを入れて、その匂いがして、職場にいるのにレストランで食べてる錯覚にならない?」

彼女の言いたいことはわかるのですが、イメージできるけれど、そういう感覚が消えて久しいし、何を食べても同じとしか言いようがありません。

何が美味しいように感じられるか? と聴かれたら・・・。

新鮮なものは食べている感じがしますが、味として美味しいというよりは、新鮮さがわかる感じの方が近いでしょう。

では新鮮でないものを食べるとどうなのか?

新鮮でないのはわかりますが、世の中は新鮮でない食べ物の方が断然に多いので、大抵の場合は何を食べても同じ感じです。

例えば、ビーフの味がする。

使われている調味料の味はわかる。

素材が新鮮な場合はフレッシュだし、新鮮でない場合は細胞が崩れているかわかる。

 保存料が多く使われている場合はネットリした感じがする。

人口調味料が沢山入っている場合は特殊で、ネットリ+変な甘さだったりする。

味覚がわからないのではなく、それを認識する仕方が以前と違ってきているのだと思います。

以前に高熱でERに行ったことがあり、その後に味覚が完全に崩れてしまい、何を食べても味がない、感触はあっても絶えきれないほど変な味になってしまったことがあります。

この時は、とにかく全てが美味しくない、食べられない味になってしまったので、嚙んだり呑み込むことも嫌で、口から吐き出す始末。

無理して食べる気にさえなりませんでした。

例として、土が口の中に入ると土の味がしますが、それより酷い味という感じです。

チキンを食べてもピザを食べても味がしないという経験は興味深かったです。

ワタシの場合、素材の味がわかることと、それを美味しく思うのは別ものです。 

そんな感じで目の前の食事を食べ始め、食べ始めたら少しずつはお腹の中に入って行きました。

美味しく食べるというよりは、自意識で口に入れるという行為です。

何とか食事を終えたのが5時30分頃。

異常な疲れと頭の中のモヤモヤ+鈍い頭痛は変わらず、MRIはいつになるかわからない状態。

この段階でも朝の状態と大差なく、元カレには家に戻っていただきました。

病室で一人になったのはよいけれど、全ての感覚がズレているので、テレビを見る気にもならない。

パソコンがあってもネットサーフィンする気ににもならなかったでしょう。

実際にテレビをつけて番組をブラウズしてみましたが、入り込めないし、楽しいとも思いませんでした。

とにかく全てのことに距離感がある感じなのです。

横になって寝る体勢に入っても、頭痛の方が大きくなって、しかも寝られない。

身体が寝たいと伝達しているのはわかるのですが、眠りに落ちないのです。

色々と考えてしまって寝られないのとは違うものでした。

頭的であまり深く考えられない状態+曖昧さで漠然としている感じなので、心配とか、悲しいとか、不安とかで眠れないではありませんでした。

ただ寝れない、それに対して苛々さえしないのです。

ここいら辺が不思議な感じでした。

感覚に対する違和感は然程かわらないので、では、方向感覚はどうなのか実験してみました。

ずっと横になっていると腰が痛くなるので、毛布を被って病棟内を歩いてみる実験をしてみたのです。

歩けるのですが、普通に歩けない。

平衡感覚のバランスが悪く、波に揺られている感じで、真っ直ぐに歩きにくい状態でした。

最初の30秒くらいを超えると、頭の中の違和感が増えてきて、さらにフラつくのです。

普通だったら揺れ続けると気分が悪くなるハズなのですが、揺れているのは解るけど、具合悪く感じない。

横揺れしていても気分が悪くなる気配もありませんでした。

ゲロゲロ体験させる機能が遮断されている・・・。

そんな感じだったので、感情的にもカナリ平坦な感じでした。

普通にしていると感情が波立たないのです。

しかも、以前の私だったら感情的に反応するであろうことさえ冷静でした。

しかし特定の人物のことを考えると感情が現れるのです。

例えば、ソーシャルワーカーのことを考えると瞬間的にグググっと涙が出る・・・。

元カレの場合も似たような感じですが、咳を切るように感情が溢れ出し始めるわけでもない。

ここで思ったのは、意識を繋げようとする対象または人物の感情を引っぱっているのカモ? ということです。

そこで色々と実験してみました。

色んな人物を思い出して、どういう反応が出てくるか実験してみました。

思い出すことと感情は関係していますが、感情に関係するボタンが押されないと、思い出せても感情は伴って出現しません。

ただ思い出せる感じです。

自分が死んでしまう場面を思い浮かべても感情として現れないのは意外でした。

感情というのは解りにくいものですが、私の見解では、感情は身体が作り出すものです。

身体は感情をリアルに体験できるようにデザインされている。

なので身体の機能が感情の働きと切り離されてしまうと、感情をリアルに体験することはできなくなります。

ドキドキする、悲しくなる、怖く感じる、怒り、そして、愛情でさえ、それらの感覚は身体が作り出しているものです。

ドキドキするのは、その感覚を身体が作り出しているから。

ワクワク感も同じく身体が作り出しているから。

それらの感情は、身体を通じて体験するものです。

悲しみや怒りも全く同じ。

感情の種類によって感じ方が変わるだけ。

感情の引き出され方によって、体内の化学反応が変わり、それによる神経伝達のシグナルが変化するのです。

それと反応するのが様々なホルモン物質だと思います。

感情に関係するのは、大脳の周辺部にある大脳辺緑系の古皮質だと解説されています。

▼脳の仕組みと脳内物質
http://www.geocities.jp/eastmission7/b-system.html

ここいら辺は説明し始めると複雑なので、別の機会に挑戦してみます。

では意識を自分以外の人物に繋げて、その人の中の感情を体験してみるとどうなるか?

その時の感情の具合によりますが、かなり体験できます。

ということは、人間の身体は基本的に、自分以外の人物の感情も処理できるということになる。

これは痛みなどの体感覚も同じです。

肉体は、自分以外の人物の体感も作り出せるのです。

この部分がよく解り始めると、自分が経験している体感または感情というのは、いったいどこからどこまでが自分のものなのか疑うようになります。

他の人の感情または体感を引っぱっている可能性も多々あるということです。

サイキックな感覚というのは複雑というよりも、機能的にはシンプルなものという方が正解かも知れません。

ここいら辺はアセンションにも深く関係する部分なので、色々と考えてみる事を勧めます。

まだまだ続きます・・・(笑)

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