波動と意識は同じもの


波動と意識は同じもの

「波動」という単純な言葉は、これまで波動に関して様々な角度から書いて来たように、とても広い範囲の内容を持っています。

「波動」は一般的に理解されている単純な「力」というものではありません。

そして波動の持つ特色の大多数は私たちの意識に関係しています。
 
波動と意識というものは、切り離して考えることは出来ないのです。
 
なぜなら「波動と意識は同じもの」だからです。
 
多くの皆さんは「どうして人間の意識と波動が同じものなの?」と思うでしょう。

それは意識という目に見えないものと、同じように眼に見えにくい波動が結びつきにくいからです。

何となくイメージとしては分かるけれど、実感が湧かなかったり、混乱する場合も多いと思います。
 
「波動と意識は同じもの」であるという理解を妨げているものがあるとしたら、それは何だと思いますか?
 
私たちは生活の中や教育の中で、現在の科学では解明できない内容は度外視して、物質世界に目を当てることを学ばされます。

世界中の多くの人達は、物質主義の上に立って生活しているということです。

触れる物、食べれるもの、目の前に物質として存在するもの、触れる何かが「現実」だと学習して来たからです。

「波動」も「意識」も目には見えにくい、手で触りにくい、肌で感じにくいものですが、絶対に目では見えないわけでも、絶対に手で触れないわけでも、絶対に肌で感じられないものでもありません。

「波動」も「意識」も、訓練を続ければ見えるようになるし、触れるようになるし、感じられるようになるものです。
 
そして見えないと思っているもの、触れないと思っているもの、感じられないと思っているものを現実として存在していると分かるようにしてくれるのが「意識の力」すなわち「波動の力」なのです。
 
人間は意識を持っているので、意識が存在しないとは言えません。

あなたに意識が無いと、この文章は読んでいないからです。

これは「意識」は見えなくても、それが存在していることを伝えています。

しかしそれが目に見えないので地球上の大多数の人達は意識の存在に対して無自覚であるか、仮に意識という言葉を知っていても「じゃぁ意識って何じゃぁらホイ?」と宙ぶらりんになってしまっているのが現状でしょう。

そして大多数が捉える「波動」に関する理解も全く同じです。

現代の物理学では「波動」の存在を認めています。

波動は目には見えにくいですが、すでに科学的に説明され、様々な実験結果の元にデータとして現れているものです。
 
では「波動と意識は同じもの」という部分はどうでしょう? 
 
両方とも肉眼では見にくいものですが、存在しないとは言えません。
 
「波動と意識」という、この二つのものが同じものであるという見解に対しては、大多数の人が違和感を感じるでしょう。
 
しかし、現代の量子物理学の世界では「波動と意識は同じもの」と捉えても差し支えが無い見解を出しているのです。
 
では話しを元に戻して、一体何が「波動と意識は同じもの」であるという理解を妨げているのでしょう?
 
それは人間が肉体を持っているからです。
 
私たちは肉体を持っているので、肉体を持っていないという世界観が理解しにくいということです。
 
肉体は現実として自分の手で触ることが出来るし、肌を切ったら血が出るし、手術をしたら内蔵や心臓や骨が見えるからです。

それと同じ意味で、見えるもの、触れるものが現実という考え方に結びついています。

そして目に見えないもの、触れないもの、感じられないものは現実ではないと教えられます。

このアイデアから「人間は死んだら、その人の意識も消えてしまう」という風に発展するわけです。

大脳生理学的に考えると、脳の機能が完全に停止してしまった脳死に至ると、意識が消えてしまうという考え方です。

一般的に肉体が死を迎えてしまうと、それまでその肉体に宿っていた人の意識と交流することは出来なくなります。

死んでいる肉体は物理的に機能を失っているからです。
 
世界中の人々の大多数は、言葉を話したり、耳で言葉を聞いたり、手で身体を触ったりといった肉体を通じたコミュニケーションのみでその他の人間と交流します。

それは肉体が全てだと思い込んでいるからです。
 
では実質的に世界の歴史を振り返ってみるとどうでしょう?
 
西洋文明が発達し始めて現在の状態になる前のアミニズム的な世界観では、目に見えない世界との交流が行われていたのは明白です。

ノアの箱船の伝説を含む旧約聖書の中でも、キリストの受難と復活を語る新約聖書の中でも、神や悪魔、そして天使などといった目に見えない存在との交流が明確に描かれています。

地球の総人口は約60億人、その中の約三分の一を占める約20億4000万人の人達がキリスト教徒です。

単純に考えて地球の三分の一の人々は、死んでも意識は天国と地獄に存在すると思っていることになります。
 
日本では神様や土地神様、街の霊能者とか、霊媒、幽霊や火の玉を見たなどというアミニズム的な世界観は比較的に受け入れられていると思います。

これは肉体を持った人間と、肉体を持たない意識のみの存在との交流に関する理解があるということです。

そして肉体を持たない意識のみの存在とのコミュニケーションが肉体を持っている人達に伝えているのは、肉体が死んでも意識は存在するということです。

しかし、意識という存在が目に見えに口ために、大多数の人達は肉体が全てだと錯覚しがちです。

それは常に肉体を通じたコミュニケーションに依存しているからです。

それは意識を使ったコミュニケーションの方法を学んで来ていないからに他なりません。
 
最新の量子物理学は、意識が物質を形づくっていると述べています。
 
意識が現実を体験するための乗り物が肉体なのです。

続く・・・

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