国を統括するファラオそのものが神の子孫であり、生きた人間の姿に具現化した神として崇められていたからです。
ファラオが神々の子孫というアイデアは創世神話に関係するもので、王は太陽の力で自然を統括するラー神の息子であり、王権を表すホルスの生き写しだとみな されました。
ファラオ達は神の一族で、彼らは人間世界において超自然的な力を司る神々を代表する生き神様だとだと信じていたのす。
王の仕事は自然の力がもたらす総てのバランスが崩れないように、ナイルが氾濫して肥沃な土地を造ることで豊穣と繁栄が続くように自然を司る神々に儀式と捧げ物を通じて崇めることです。
庶民の間に立ってエジプトを統括し、法と軍の力で平和の秩序のバランスが保ち、勢力が拡大するように采配することでした。
ファラオが神殿の中で行われ る儀式の中心であり、女王は神々の妻として女神官の役割も勤め、女神の神殿は女性のみで運営されていました。
そしてファラオ達は人々が見えない神々と彼ら の力を崇めるように、人間として具現化した、眼で見える神ファラオを信仰して讃え、そして遣えよと布教したのです。
新王国時代に入ると宇宙の最 高の理力であるアムン神との繋がりが頭角する中で、来世への生まれ変わりの世界が広がり始めます。
神たる王は死んだ後に冥界の神オシリス、天空を舞うファ ラオの分身ホルスの父と同化することによって完全に神格化されます。
セト神とホルスの導きによる変容を旅を通じて永遠の命を授かり、ラー神そのものとなって 神々の住む来世に生まれ変わるという考え方です。
古代エジプトの宗教観は、毎日繰り返される朝日の上昇は太陽神ラーの復活であり、日が沈むと地 下世界を通じて再生し、翌朝に誕生する転生のサイクルとして発展したのです。
ラー神とホルス神を始めとする太陽と自然に関係する神々は日中を、死と冥界に 関係するオシリス神とセト神を筆頭とする神々は地下世界を統治する神々として当てはめています。
誕生と死、そして復活というテーマは自然のサイクルの超 え、地上の世界から神々の住む天界へ昇って永遠の存在になるという別次元へと昇華したのです。
長いエジプトの歴史の中で覚えきれない数のファラ オ達が登場するように、エジプトの神々も数えきれない程の姿で表されています。
そしてエジプト学者たちは、太陽の神や、風の神、ナイル川の神などというよ うに、自然の摂理の現れを神格化した姿だと理解しています。
日本の神道の中に登場する、森羅万象の姿を神格化した八百万の神々と同じような世界観の上に成 り立っていると解釈されているのです。
そして数多いエジプトの神々の姿や関係性を理解する時に混乱するのが、同じ系列の神々が分身のように登場することです。
その最も解りやすい例えが第五王朝でメジャーな神々の仲間入りを果たした太陽神という存在です。
太陽を象徴するラー神は地下世界にも関係し、創造神でもあり、太陽を象徴する側面ではアムン/アムンラー、アトゥム/アトゥムラー、ラーホラクティ、ケプリ/クヌム、ラエト/タウイというように分化されて表されています。
その他に太陽のディスクで表されるアテンは直接的に太陽に近い姿で描かれています。
創造神/風神 アムン
アムンという言葉はギリシャ語で、アモン、アメンと呼ばれることもあり、〝隠れた〟〝見えない〟という意味です。
最初に現れるのは古王国時代のピラミッド文書の中で、妻のアムネトと一緒に言及されています。
ヘルモポリス八柱神(オグドアド)では二世代目の夫婦で原始の空気または不過視を現す神々として誕生し、後のヘリオポリス九柱神(エネアド)ではシュー神と呼応しています。
第一中間王国時代の第11王朝の頃には、それまでテーベの主神だった戦神モンチュの位置に格上げされています。
この時期には妻が女神アムネトからムトになり、テーベのトリアドはアムンとムト、二人の子供として月の神コンスの三人組で現されるようになります。
新王国が始まる第18王朝の第一ファラオ、テーベ王室生まれのアモシス一世による統率で下部エジプトを統治していたヒクソス民族から全エジプトの統治を取 り戻した後、テーベは首都として繁栄し始めます。
アムン神は国家的に重要性を得て、テーベのルクソールにあるカルナック神殿内にアムン神殿が建設され始め、アムン神の大神官はファラオと同格に近い力を持ち始めます。
太陽神ラーと融合されたアムンラーとして表現され、アクエンアテンの宗教改革で 一時的に主神の地位を失いますが、復活の後から新王国時代の終わりまで主神として崇められています。
この時期のアムンラー神の扱われ方は、超絶的で、自己 創造した創造神、一段と優れた神、貧しい者と悩める者の擁護者、個人レベルでの信心の中心でした。
神々の王として位置づけされ、その他の神々は彼の分身と なり、国境を越えたリビア、ヌビア、そして古代ギリシャでも神々の王ゼウスに当てはめられています。
原始の空気の女神アムネト Amunet Amonet or Amaunet
オグドアドに登場する原始の女神の中の一人で、アムンの妻。
レッドクラウンを冠り、パピルスの棒を持った女性として描かれています。
アムネトという意味は〝女性の隠れた者〟でアムン神の女性の形態を現します。
アムンとアムネトの夫婦は最初からペアで登場することから、それぞれ独自に存在する神ではないとも考えられています。
第12王朝時代ではアムン神の妻の位置に女神ムトが置かれますが、カルナックのアムン神の儀式センターでは神官の献身を受け、テーベ地区の地方では引き続き重要な女神として崇められ続けています。
水の女神 ムト
太陽神アムンの妻の位置に置かれる女神ムトは〝母〟という意味のヒエログリフで表されます。
ムトという呼び名の他にもマウト Maut 、モウト Mout と呼ばれることもあります。
ダブルクラウンを冠り、女神ネクベトに関係する王家の禿鷲のヘッドドレスにアンクを持ち、赤または青いドレスを着た姿で、足下にマアアトの羽が描かれます。
ムトの象徴は白い禿鷲で、古代のエジプト人は白鷲に性別はなく、総て雌で風で子孫を生んだと捉えていました。
世界の母、ラーの眼、女神の女王、天国のレディー、神々の母、誕生を与える彼女、しかしワスは彼女自身で、誰からも生まれていない、などと数多くの地位を現す別名でも呼ばれています。
オグドアドに登場する宇宙の原始の水っぽい底の知れない穴を現す女神ナウネトの位置に当てはめられたことから、創造の女神としての地位を与えられ、宇宙は彼女から出現したとされました。
テーベのトリアド(三柱神)は、女神ムトがアムネトに代わってアムン神の妻になり、二人の子供はコンス神とされています。
王は跪いて、中央に彼自身の像を挟んで左にアムンラー、右にラーホラクティという古都テーベとヘリオポリスの偉大な二人の神々を崇めているナオス(寺院)を捧げています。
人がナオスを抱えている様式は第18王朝のラメセサイド時期に初めて現れたものです。
ナオスは古代エジプト史の始まりから知られていたもので、小さな寺院のことを指します。
横から見た形はパヴィリオン・ヒエログリフと呼ばれ、王が座って描かれる台座と関係しています。
ファラオに二人の神々が付き添っている姿が強調しているのは、ラムセスは生きた神様としての位置にあり、信仰の対象となっていたことを現していると解説されています。
ディアドというのはギリシャ語で二人で一組のグループのことです。
この小さなディアドは新王国時代でメジャーだった二人の神様、アムンラーとラーホラクティに捧げたものです。
ラメセス二世の統治時代の典型的なスタイルで表され、裏に刻まれている碑文も同時期の特性を表しています。
アムンラー像の裏の碑文
王がアムンラー、空の主と土地の主へ捧げる献上の品、王を通じて完全な神々として称賛される。私が眠りについて崇拝されるようになるまで、喜びが私の肉体に居続けさせたまえ、書記官トゥユウィアのカーのために。書記官トゥユティアによる。
ラーホラクティ像の裏の碑文
王がラーホラクティ、勝者、男らしさの主、何万の船の先頭の無敵の隼へ捧げる献上の品。彼の息子に素晴らしい人生を、年老いて偉大な西の都市への埋葬を授けてくださいますように。書記官トゥユティアのカーのために。
この小像の裏に刻印された碑文は、元々はラーホラクティとアムンラーに捧げられたものではなく、セト神とアムンラーへ捧げたものです。
ラーホラクティの像はジャッカルの頭をしたセト神の縦に長い両耳と突き出た鼻を削ってクチバシに修正したものではないかと解説されています。
ラメセスナクトは第20王朝で長い間に渡りアムン神の高神官を勤めた人物です。
彼はラメセス四世によってテーベの高神官に抜擢され、ラメセス9世の統治下まで6世代のファラオが交代した中で官僚として勤めています。
アムン神の高位の大神官の地位にまで昇進し、彼自身の姿はカルナック神殿の門のレリーフにまで刻まれています。
この時期が彼にとっての最盛期にあたり、エジプト全域にアムン神の神官の力を増大させ、それと同時にファラオの力が次第に眼に見えて衰えていったとされています。
ラメセスナクトはファラオの執事だったメルバステトの息子で、彼の息子アメンホテプもアムン神の大神官となり、娘のタメルティは、ラメセス二世の時代に大神官を勤めたバケンコンスの曾孫で、アムン神の第三予言者アメンエモペトと結婚して他の神官と家族関係を築いています。
この像が表しているのは、カルナック神殿の三神、アムン神、女神ムト、コンス神の座像を載せた寺院を自分の前に置いて、跪いて神殿に捧げる姿です。
寺院に座る三神の関係性は向かって左に並んでいるコンス神の父親が中央のアムン神で、右の女神ムトが母親です。
石像が現す場面の解説は王の元でアムン神から命と繁栄、そして健康を授かることを約束されていると書いています。
王の胎盤 コンス神
若さと月の神コンスは、主に月に関係、その名前は〝旅する者〟で、その他にも〝抱き込む者〟〝道を見つける者〟〝防御する者〟という意味もあり、月が夜空を渡って移動することから、夜間に旅する人を見守る存在として考えられています。
また野生の動物から守り、男性の男らしさを増大させ、ヒーリングを援助します。コンスという言葉は〝王の胎盤〟という意味です。
初期の時代では王の敵を殺害し、それらの内蔵を抽出してファラオが使えるようにする存在と考慮され、後には文字通りに国王の胎盤と神格化され、出産に関係する神様としても信仰されています。
ピラミッド文書の中では〝ハートに住む者〟とされています。
コンス神の様相は、冥界の神オシリスと創造神プタァを合体させて現した姿に見えます。
頭の上には三日月と月を現すディスクが乗り、メナトのネックレスを首から下げ、オシリス神と同じように王笏と殻竿を持ち、ジェド柱の杖の上ではワス杖が一体化しています。
またトート神と同じように時の経過に絡み、新しい生命を創造する役割の一旦を持ちます。コムオンボ神殿ではソベク神とハトホル神の息子として崇められていました。
石像の現す構図の中で最も興味深いのは、ヒヒの姿をしたトート神がラメセスナクトの後頭部を覆っている姿です。
守護動物が人物の近くに携わって描かれる場面は、神々からの守護を受けて一体化している、または願っている、その関わりの強さを誇張して表現していると考えらます。
一般的には動物を肩に乗せていたり、膝の上に抱いていたり、足下に配置されるのですが、守護動物が後頭部を覆うというスタイルは独特の表現の仕方だと思います。
これと似た構図でカフレ王の後頭部にホルス神が覆い被さっている閃緑岩の像があります。
少し特殊な表現方法とも言える守護動物+後頭部という図式は、肉体部位的な頭、後頭部、脳との関係性を明確に示しています。
これを脳の構造と、脳内に張り巡らされた血管や神経網などと絡めた観点で捉えなおすと、後頭部から神々の力なり、恩恵、またはガイダンスなりを得ていた、それらの力が後頭部に力を与える姿を現していると考えることもできます。
続く
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