不思議は続く:視える法則・視えない法則・視える不思議

 前よりもブログを読んでいただいている読者の皆さんからのコメントが帰って来るのが増えて来たので、色んなことが分かるようになりました。

ましてや、私のブログは結構な割合で支離滅裂なので、コメントも書きにくいのかも知れません。

お友達にも指摘されましたが、真面目に書いたら書いたで、表現が難しくなるという文章的な癖もその原因なのだと思います。


前のブログにも書きましたけど、私はハードボイルド系な思考なので、ブログでもメルマガでも、難しくなりがちな表現を、出来るだけ分かりやすく、噛み砕いて書くように心がけます。

ここ最近のやり取りの中で思ったことは〈スフィア〉に関しては、その〈能力〉に対して反応される方が多いということです。

それだけ興味がある、もしくは、それだけ畏怖感があるということなのでしょう。

多次元的な方向性を持つ〈スフィア〉のことを文章にするのは、簡単ではありません。

でも正しく理解をして頂くために、出来るだけの努力をして書いてみます。

「聖なる谷」では、どういう過程を通じて、目に見えないスピリチュアルな世界に足を踏み入れたかを旅行記を通じて書きました。

それは私にとってのスピリチュアルな世界への入り口であると同時に、多次元的な世界への入り口でもあったわけです。

幸いなことに、様々な霊的な体験をしたにも関わらず、私の意識はあまり浮き上がることはありませんでした。

不思議な体験をすれば、する程に、浮き上がるのとは
逆に、地に足が着いてしまう感じでした。

その理由は、自分が体験していることが、あまりにも突飛過ぎて、良く理解できなかったからです。

霊的な経験そのものに自分が翻弄されるのが怖かったというのもあると思います。

ペルーから帰って来ても、不思議体験というのは終ること無く、現在でも続いています。

前のブログにも書きましたが、神秘のベールというのは、その不思議さを明らかにし続けても、次から次へと押し寄せて来ます。

神秘には終わりがないわけです。




良くクライアントさんたちから聞かれるのですが、私は生まれつき能力が開いていたタイプの人ではありません。

感受性は普通の同年齢の子供達よりも豊かだったと思いますが、別に目に見えないものを視ていたわけでもなく、ずば抜けた霊能力があったわけでもありません。

そういう意味では、母方の従姉妹たちの方が霊的な経験はわたしなんかよりも遥かに多かったと思います。

従姉妹の家は、祖父の家の隣にあって、その家には幽霊が棲んでいたので、従姉妹達はしょっちゅうその幽霊を目撃していました。

私は何度も幽霊の話しを聞いていたので、怖いと思ってて、あまり従姉妹の家に居るのは好きではありませんでした。

従姉妹達の家には、白い花嫁衣装を着た幽霊が、夜になると部屋の中に現れていたのです。

私の場合は、二十歳の半ばにいきなりでしたから、その突拍子の無さに、考えることが多かったわけです。

それでも幽霊が目に見えるわけではなかったので、怖さは少なかったと思います。

怖いものを見たくないから見ないようにする人もいます。

また逆に、怖いから逆に見てしまうというタイプの人もいます。

私の場合は、見ちゃった時は、怖いも何も、目が…になってしまうのが普通なので、そこで思考が止まってしまうんです。

思考が停止してしまうので、目をパチクリさせて、明確に見ちゃうんです。

そして大体の場合は、後になってから怖さが追いかけてきます。

分からないこととか、理解の範囲を超えている場合は、感情の動きが停止します。

お目眼が…になりながらも、考えずにというか、感情が動かない状態で見ちゃうんです。

実際にそのような状況では、脳波が普通の状態ではなくなってしまい、意識が後ろに下がってしまうからです。

そして、頭の中では 〈どうして、こんなもの見てるんだろう・・・!?〉 と冷静に思ってたりします。

その時に一生懸命に考えても分からないことは、とりあえず情報が揃うまで執拗に考えないという癖をつけたのもあるかも知れません。


わたしは体験したことを分析して、色んな方向から考えてみて、様々な知識と照らし合わせながら、腑に落ちるまで考察し続けます。

すると手がかりが出て来て、それを更に進めて理解する努力をすると、何かしらの答えが出て来るわけです。

それを絶えず繰り返しているわけですが、このプロセスには終わりがないように思います。

それだけ神秘のベールというのは、まだまだ沢山あるということです。


私は、仕事でも何でも、〈なぜ出来ないのか?〉を自分に問うのを習慣とするように訓練されて来たのが功を奏していると思います。

デザインの現場でも、上には上がいるので、私よりもキャリアの長い先輩たち、そしてデザインや、レイアウトのセンスが良い人達は沢山いました。

それらの上手いデザイナー達に比べれば、そんなにずば抜けてセンスが良いとは思っていなかったので、色んな人の作ったものを見たりとか、資料を集めたり、分析してみたり、違いを比較してみたり、自分なりの努力をして、自分の技術の向上を目指していたわけです。

キャリアを経てくると、自分の下に社員がつくようになり、彼らに教えなければいけない立場になります。

デザインというのは、比較的に感覚を駆使する仕事なので、感覚の問題を分かりやすく教えるというのは、そんなに楽なものではありません。

そして、センスというのは 〈センスだから〉 という言葉一言で済ませられがちです。

しかし、実際の現場では、センスでは済まされないのが普通で、シッカリと理論を持っていないと、説得出来ない状況もたくさん出て来るわけです。

プロになると、センスを言葉で明確に説明することが要求されるということです。

そんな下地があるので、センスの部分を解析して分解し、そして再び構築するということには抵抗がないわけです。

スピリチュアルな分野でも、私はそんなにセミナーとかワークショップにも出ていないので、その殆どは、本を読んだりとか、色々と実践してみたりとかを繰り返して来ました。

光りの手の中に書かれていることも、本を読みながら、自分で噛み砕き、実験的に自分でやってみたりしました。

分からないなら、分からないなりに、試行錯誤を繰り返せば、それなりの結果が出て来るわけです。

この行程を繰り返していると、最初は不明確で分かりにくく感じていたことも、数をこなせば少しずつでも分かるようになるんです。

世の中には、分かる人も、感じられる人も、視える人も、星の数ほどいます。

それらの能力は、先天的な人もいれば、後天的な人もいます。

視える人がいるということは、そこには何かの法則があるわけです。

逆に、視えない人にも、何かの法則が働いています。

視えない法則、視える法則があるんです。

この法則を理解することが出来れば、誰でも視えるようになるわけです。

感じられない図式が分かると、感じられるように導くことが出来るようになります。

そんな中で、セッションを通じて多くの方に、色んなことを聞かれるようになって言ったので、教えるという方向性が出て来たわけです。

そして実際に教えてゆくと、さらなる疑問が湧いて来て、それを紐解くために、別の角度から、その不思議を分解しなければならないわけです。

本当に終わりがないんですむっ

私がなぜ〈視える〉、〈視えない〉に興味があるのか?

それは、オーラの構造とか、身体の構造とか、波動や周波数とかが、客観的に視えるようになれば、様々な問題が解決出来ると信じているからです。

お化けが見たいとか、視えるから凄いという問題とは少し違います。

さらには、多次元機能を持つオーラの構図を明確に理解するためには、視えないよりも、視えた方が楽なんです。

わたし達のエネルギー体の一般名称である〈オーラ〉の中には、様々な情報が隠れているんです。

この〈オーラ〉のことが更に解明されれば、色んなことが分かると思います。

それは単純にスピリチュアルなことだけではありません。

物理学や、科学、医学、薬学、人体学などの、一般的にスピリチュアルとは無縁だと考えがちな世界の事柄です。

さらには、芸術性とか、創造性とか、感受性とかを豊かにするためにも使えるからです。

目で見て明確に分かってしまえば、明確に伝えることが出来るからです。

精神世界でいう〈メタ・フィジックス〉というのは、〈物理を超えた〉という意味です。

この〈メタ〉という言葉は、この数年で〈クォンタム〉という言葉に移行しています。

クォンタム・タッチとか、クォンタム・ヒーリングとか言いますね。

〈クォンタム〉というのは〈光子〉ということです。

この〈クォンタム〉な世界が少しでも分かるようになると、今までは目に見えなかった世界が、一気に明るくなります。

私は高校の時の物理のクラスが大嫌いだったので、物理のことは避けたいと思っていました。

なので、ここで物理のクラスを展開するつもりは全くありません。

わたしは物理の時間の、数式が駄目だったんです。

あれは、最初が分からないと駄目なんだと思います。

数式を覚えてないのに、数式が解けるわけありませんよね。

私は今でも数字は嫌いです。

第一に、数字が左右反対になったりするし・・・。

自分の電話番号でさえ、無意識的に数字が入れ替わって書いてしまったりすることが多々あります。

そんな番号を渡された人は、繋がらないので困ってしまいますね。

更には、ケタが増えて行くと、数字が動いて見えるので、余計に分からなくなります。

しかし、アイデアとか、理論というのは別です。

この〈クォンタム〉な世界の本を読んだり、調べたりしていると、驚く程に、見えない世界のことが、視えてくるんです。

不思議なように思うかもしれませんけど、視える図式というか、法則というか・・・。

その秘密は、光子物理学と同じ所にあるんです。

まか〜ウラの本

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