ヘイアウのお話し

聖地巡りのお話しが続いたので、ちょっとヘイアウに関する個人的なお話しを一つ。

1996年頃の話しですから、今からかれこれ13年まえくらいの話しになります。

その頃の私は、ハワイに移って来たばかりで、ハワイのことなどホボ、一切知らない状態でした。

ましてやハワイアンの文化なんて、あまり興味はなかったんです。


今でこそ古典フラや、ロミロミ、ホオポノポノ、フナの教えなどを通じて、ハワイアンの文化的なことは広く知られるようになりました。

しかし、その頃は、ハワイアンの文化に関して興味のある方は、非常に少なかったんですね。


旅行関係の広告に深く関わっていましたから、様々な旅行雑誌や旅行情報と非常に近い場所にいたんですが、それらの中で、ハワイアンの文化的なことが紹介されることなどホボありませんでした。


それに、日本語で書かれたハワイアンの文化にかんする書物も、ホボ皆無な状態だったわけです。


そんな状況の中で、私がヘイアウに初めて行ったのは、友人のリチャード・ラヴィンです。

かの有名な「エクトン」をチャネリングする方です。


彼のお友達と一緒にノースショアまでのドライブに行ったときでした。

しかも初めて行ったヘイアウは、プープーケアの「プウオマフカ・ヘイアウ」だったんです。

〈ヘイアウ〉という存在のことを、一切知らなかった私は、興味本位でヘイアウの敷地の中、しかも、石組みの中をザクザクと入って反対側まで出てしまいました。

今から考えると空恐ろしいですね。


無知というのは非常に恐ろしいものです。



無知な私は大胆にもヘイアウの中へ入り込んで・・・・。

その時に嫌な予感がしたんです。

前のブログにも書きましたけど、プウオマフカの入り口近くの森の中には、目に見えない管理人の人達が棲んでいるんです。

視ちゃったんです。

しかも生リアルで。


ちょっとこの世の者とも思えない、憑依されているとしか思えない顔つきの背の低い男性と、女の子の子供でした。


その次の日が大変でした。

仕事をしていたら、右膝が急にワサワサし始めて悪寒が走り、急に気分が悪くなり始めました。


完全な霊障ですね。


過去に同じようなことを経験していますから、マズイと思ったわけです。

肝臓が一気に重たくなって、顔は青ざめ、頭痛はするし、身体は寒くなるし・・・。


そのままだと入院は目に見えていたので、その前に医者を見つけなければなりませんでした。


急遽リチャードに電話して、ホームドクターを紹介してもらいます。

ハワイに来たばかりですから、ホームドクターなどいなかったわけです。


アメリカの医者というのは、大体において新規の患者さんは紹介がないと入れてくれないんですね。


運の良いことに、スグにドクターが診てくださるということで、リチャード本人が迎えに来てくれました。


駐車場でゲロゲロ状態で彼の迎えを待っていました。

リチャードが登場したその瞬間に、ゲロゲロ状態は半減しました。


さすがエクトンのチャネラーです。



 リチャードに迎えに来てもらい・・・。

少しずつ霊障害の症状も落ち着いて来たんですが、とにかく医者に行って診てもらいましょうといのは変わりません。

ハワイで初めての医者ですから、医者の方も私の過去の病歴とか全く分かりませんから、色々と聞かれるわけです。

当然、特殊体質のこととか、霊的な能力のことを医者に話しても無駄ですから、霊障害なんて話しも出来ません。

第一に「肝臓が重くて、痛いんです」なんて医者に話しても、肝臓は無言の臓器とされているので、絶対に信じてはくれません。

とりあえず血液検査をしてもらい、医者には散々にC型肝炎ではないのか?とまた聞かれ・・・・。

「C型肝炎は散々のように検査しました」と言っても、医者も自分の目で検査の結果を見ないと信じられないんでしょうね。

それから無駄だと分かっていつつも、数回もC型肝炎の検査をしました。

そんな経緯があったので、少し経ってから、別の友人と一緒に、奉納の品々を持って、プウオマフカまでお参りに伺いました。

それからプウオマフカに行っても、変な体験はしていません。

そこいら辺を契機にしてから、チョクチョクとハワイアンの聖地に行かなくてはならない状況になって行きました。

王族の誕生石とか、ワイアナエのヘイアウとか。

数冊のハワイアンの聖地に関する英語の書籍を購入して、調べ始めたのがこの時期です。

元々パワースポットには興味がありましたから、そこから入っていったわけです。

聖地とパワースポットというと、少し方向性が違いますが、聖地がパワースポットである場合も多々あるので、聖地のことを調べる必要性があったわけです。

約13年前には、日本語でのハワイアン情報というのは、ホボ無きに等しい状態でした。

そういう理由で、英語の書物を数冊くらいカナリ読みあさったわけです。

かく言う英語の書物でさえ、今程に多くもなかったんです。



地元でハワイアンの文化的な書籍が増え出したのは、6~7年前くらいですね。


丁度、日本でフラを通じて、ウクレレとか、ロミロミとかが流行り始めた頃です。


そして3~4年前くらいから、一気に増えて来た様相があります。


ヘイアウ事件のすぐ後の1998年~1999年頃に、何のご縁があったのか今でも不思議ですが、何の因果かハワイアンネーム・プロジェクトに関わりました。

これは今でも〈宇宙の企み〉だとしか思えませんにひひ

私はハワイアンのクープナの名誉教授、カヴェナ女史と一緒に働いていたんです。

現在ご活躍しているクムフラ達が、お話をお伺いに行かれるハワイ大学のメンター的なクープナです。


カヴェナ・ジョンソン女史は、カウアイ島のカフナの家系に生まれました。

そしてハワイ語と歴史、文学の名誉教授で、国連にもお呼ばれされた天文学者でもあります。


ハワイ語の権威で、ハワイアンの失われつつあった文化的な情報を集めたミス・プクイ女史とエマーソン氏が編纂した英語の「ハワイアン・ディクショナリー」という辞書があります。

このハワイ語の辞書のフラに関する事柄を書いたのが、若きジョンソン女史です。


ミス・プクイ女史は、ハワイアンの家族にハナイされた日系の方で、ハワイアンの血筋ではありません。エマーソン氏は白人の言語学者です。

そんな背景から、ハワイアンの血筋で、ハワイ語がネイティブなジョンソン女史がアシスタントの中の一人に採用されたわけです。


周囲の方々は若きジョンソン女史に、復興途中のフラの世界に進んで欲しかったようですが、本人いわく、言語学と文学に進みたかったので、嫌だと断ったと言っていました。

ジョンソン女史の頭脳では、クム・フラになってハワイアンの文化を伝えるよりも、さらにその基礎になる言語学者、歴史学者になった方が、文化復興のためになると考えたんだそうです。


ハワイ語という〈言葉〉がアカデミックに生き残れなかったら、フラでさえ、現在のような形に復興されるまで、まだまだ時間がかかったかも知れませんね。

彼女のアシスタントとして働いていた時に、日本でも有名なクムフラ、ヒューイット氏も彼女ご相談に来ました。

ヒューイット氏はがワイマーナロでハワイアンのためのクリニックを設立しようとしていた時期です。


ホークーレアの航海士で有名なのがナイノア・トンプソン氏ですが、彼のお父さんが、自分の持っていた家系図をジョンソン女史に持って来たそうです。

彼女に頼んで、分析してもらい、彼らの家系がカメハメハ大王の血筋の流れであることを明確な家系図として図形化してもらったわけです。


その他にも色んな方がお伺いを立てにいらっしゃいました。


今から考えると、私は非常に贅沢な環境にいたんです。

個人的には別にハワイアンの文化が好きで入った環境ではなかったので、ヘェ~、そうなんですか・・・的な感じでした。


ここでもハワイアンに関する無知というのが幸いして、大御所さん達が訪ねてきても、どなたですか?的な感じだったんです。


訪ねて来た方たちも、私が普通の一般の人と同じように接するので、面と喰らったかも知れませんね。


しかも、ジョンソン女史は、私が聞きもしないのに、色んなことを熱心に教えてくれるわけです。

まぁ教壇に立っている人ですから、教えたいんでしょうね。


別に私は彼女の元に自ら進んで弟子入りしたわけではなかったので、お互いに関係性がトンチンカンだったわけです。

向こうは彼女の元に私がやって来たかのようなノリだったわけですが・・・・。


さらに私は自分が能力者だということを最後まで表に出しませんでしたから、向こうも不思議に思ったことが多々あると思います。


どうしてこの子はこんなに分かるんだろう・・・?的なノリです。


しかも頼んでもないのにハワイ語の名前に翻訳してくれるし・・・。


出て来た名前は、おおぉ~・・・。先生、なんで私が能力者だって知ってるんですか? な意味の名前だし・・・。


私と一緒にいると、クリエイティビティーが開くので、一緒に翻訳してたら、突然に何かを書き始めたりするんです。

彼女にカメハメハ大王の生涯とか、クムリポの再編纂とか、エンサイクロペディアとかのアイデアがやって来て、着手し始めたのもこの時期です。


カフナの家系の方ですから、色々と普通では聞けないことまで聞かされました。

この方の頭脳というか、脳の構造、そして使い方というのが、これまた普通の人と違うので、何を言っているのか分からないことも多々ありました。


一般的に〈天才は神一重〉と言いますが、その通りです。


思考の形態が普通の人とは違うのですから、話している言葉が違うようなものでした。

しかも英語とハワイ語が入り交じるわけですから、聞く方が大変なんです。


脳の中で行われる思考の動きがランダムで混線することが多々なので、モニターしてるとコッチまで脳みそが混線するんです。


この偉大な、クムフラのクムと一緒に、クーカニロコにも行きましたわ。

しかも夜になって、惑星直列の天体観測をしにです
叫び

私には、そういう背後がありまして、ハワイアン系には強いんです。



そんな裏があるので、ハワイアンの聖地には強いんです。

本も沢山読みましたけど・・・。


クムから「あなたそれくらい知ってないと駄目でしょ」的な波動を受けるので自発的に勉強したんですわ。


この方はクー系のカフナの家系ですから、ヘイアウのことも良く知ってるんですわ。


どうやって〈ルアキニ・ヘイアウ〉が建設されたとか・・・・。


ルアキニを建設するには、どんな儀式が行われたとか・・・・。


それを聞いてしまった私は、さらに知りたくなってしまうわけです。


そんな経緯から、脳に情報が入ってますから、ヘイアウに行けば、そこがルアキニだったか、そうでないか、波動で分かっちゃうんです。


クアロアのヘイアウに連れて行かれた時も、オーナーは〈ルアキニ〉だと言われています、下手に行くと祟りがあって・・・と言っていました。


でも・・・・。


行ってみたら、違うんです。


〈ルアキニ〉はその他のヘイアウとは違って、特殊な儀式を必要としていましたから、独特の波動域があるからです。


しかもルアキニは特例を除いて女人禁制でした。


昔のハワイアンの宗教では、男性原理主義を基本にしていましたから、一般的にヘイアウで執り行われる様々な神事ごとは、男性しか行うことが出来ませんでした。


ヘイアウの中で踊れるのも、男性だけだったんです。


カヒコと呼ばれる古典フラの中にも様々な種類があります。


自然や偉大なチーフ、神々を讃えて踊られるフラが、普通にわたし達が観ることが出来る、カヒコ〈古典〉です。


しかし、通常、テンプルダンスと呼ばれる、ヘイアウの中で儀式の一環として奉納されるフラは、全く別のものだったわけです。


私は未だにこのテンプルダンスというのに出くわしたことがありません。


そんなの簡単に観れるわけないですよね・・・・。


でも望めば叶うかも知れないので、今度ヘイアウに行ったら、神様にお願いしてみます・・・・。



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