ピラミッド文書と第五王朝

ピラミッド文書というのは、1881年にフランスのエジプト学者であるガストン・マスペロ氏によって最初に発見された、旧王国時代の宗教的な文書のコレクションのことです。



これがファラオの葬儀に関した最も初期の加持祈祷の文章だと言われ、紀元前2400年から2300年、第五王朝から第六王朝の間のものと推測されています。

ということは、それ以前の発掘品の中には、ファラオがアセンションして来世神々の世界へ神々の世界で神々に迎えられる加持祈祷に関する情報は見つかってないということになります。

ファラオ達のアセンションに関する世界観は、第五王朝を境にして変化しているということです。 

ピラミッド文書を発見したフランス生まれのエジプト考古学者ガストン氏に関することで興味深いのは、エジプトに赴く前に、南米のペルーに渡った時期があり、そこで現地のインディアンの方言の中に見られるアーリア語の影響を調べる手助けをしていることです。

1868年に帰郷した彼は1869年にエジプト語と考古学の教師になり、1880年にフランス政府による発掘隊の頭としてエジプトへ渡ります。

彼は前任が行っていた旧王国の初期の調査を後期へと移し、カイロ近郊にあるギザ地区の北部にあたるサッカラ地区に残っている五つのピラミッド群を選んで発掘調査を始めました。



サッカラという地区は古代の巨大な葬祭場だった場所で、このピラミッド群の中に有名な「階段ピラミッド」があります。



▲階段ピラミッド
 
サッカラに残されている第五王朝に関係するピラミッドは以下の通り。

 ・ウセルカフ:Userkaf  :2494 – 2487 BC


・メンカウラー・カイウ:Menkauhor Kaiu:2421 – 2414 BC   "首無しピラミッド'

・ジェドカラー・イセシ:Djedkare Isesi:2414 – 2375 BC

・ウナス:Unas :2375 – 2345 BC



▲ウナスのピラミッド

・テティ:Teti :2345 –2333 BC   Pyramid of Teti 



▲テティのピラミッド

・ペピ一世:Pepi I :2331 – 2278 BC    南サッカラ

・ペピ二世:Pepi II :2278 – 2184 BC 南サッカラ

これらのピラミッド群は第五王朝のウナス王に関係するもので、古代では「美しいというのはウナスの場所のことだ」と残されています。 

ウナス王は第五王朝の最後の統治者で、統治時代は紀元前2375年から2345年。

ガストン氏が長くて完全なヒエログリフの刻印の発見に対して特に興味を持っていた理由は、それが古代エジプト語を理解するための重要な意味を持つと思っていたからです。

そして彼は翌年の1881年にはウナスのピラミッドの内壁に刻まれた4000以上の古代エジプト語のヒエログリフによる文節を発見し、スケッチと写真に収めています。

世界で最も古い文書である可能性があると言われるピラミッド文書は、ピラミッド内に安置されていた石棺を取り囲んでいる石壁に古代エジプト語で刻まれていました。


 

この最も古いピラミッド文書は、合計228の加持祈祷文で構成されています。 

その他の文書は後の第八王朝のペピ一世、ペピ二世と彼の三人の妃、そしてテティに関するものです。

後にカート・セテス氏が出版した最初のピラミッド文書の訳の中には合計759もの文章を集めています。

ピラミッド文書はファラオのためだけに書かれたもので、文字だけで構成され、ファラオの姿は描かれてはいません。

また同じ時期の王族ではない人々の墓の中に来世への加持祈祷文は残されてなく、壁に刻まれているのは彼らの生前の功績だけだそうです。 

二人の妃の間に世継ぎの息子が生まれなかったために、彼の死で第五王朝は終焉を迎えました。

そしてナウス王が崩御した紀元前2345年から約165年後の2180年頃から2040年頃を指す「第一中間期」で現れ始める棺の中の「棺文書」からファラオの姿が描かれ始めます。


 

この第五王朝の時代の中で宗教的な側面において幾つかの重要な変遷が行われていると解説されていました。

「ラー神」への祭式が頭角を現して、その重要性が付け加えらている部分です。

メンカウラー・カイウ王によって第五王朝のネクロポリス(葬祭場)であるアブシール地区にラー神を祀った太陽の神殿が建立されました。

メンカウラー王の墓であろうと推測されたピラミッドが1842年に発見され「ナンバー29 首無しピラミッド」と呼ばれましたが、 後に砂の中に埋もれてしまい、再び発見されたのは2008年になってからです。

しかし首無しピラミッドからファラオの名前は見つかっていません。



▲首無しピラミッド

その後の第五王朝の終わりには、オシリス神に対する儀式が重要性を引き継ぎ、ウナス王の墓で最も明白に刻み込まれています。

オシリス神は古代エジプトの宗教の中で最も重要な位置を占めることになる来世に関係する神様です。



▲オシリス神の像

オシリス神が最初に登場するのは、それより以前の旧王国時代の「パラモ石」と呼ばるステレ(石碑)の部分です。

この黒い玄武岩の石碑には伝説期に登場する古代エジプトを最初に統治した8人の神様が記され、その中にオシリス神も含まれています。

ピラミッド文書の中でのオシリス神の登場はそれに続く二番目に古い記述だと解説されています。

これらの背景を考慮すると、ラー神とオシリス神を含めた来世へアセンションする世界観は、第五王朝の終わりでピラミッド文書が刻まれる以前には見られないということになります。

第五王朝以前では「来世へアセンション」とは別の世界観でファラオ達に理解されていた可能性があるわけです。

第四王朝以前の情報を調べれば、別の何かが分かるかも知れません。


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