ブログの更新がスッカリ止まってしまっていました。
三週間のシアトル滞在からホノルルに戻って来て、ようやくブログに復帰する気分になって来ました。
ほぼ真夏状態のホノルルから初冬のシアトルの寒さの中に移動して、それに慣れたと思ったら再び亜熱帯の気候に逆戻りですから、身体がビックリしていました。
シアトル滞在中に色んなことを考えたというか、ブログで何を書こうかと思案していました。
そして、その中に10月28日のことが含まれていました。
ということでブログ復帰の第一弾は、このことについて書いてみます。
マヤの暦が予定よりも早く10月28日に終るという内容の情報が色んなところから流れていたわけですが、実際にその日を通り過ぎてみて、現実的には何も変わって無いように見えるのが現状です・・・。
私は昔からマヤの暦にはホボ感心が無い人で、大勢の人達がその謎に惹き付けられるような感覚はありませんでした。
それはマヤの暦が世界の終末を予言しているものではないことを知っていたからです。
それと同じく、暦の終焉と同時に時間が止まってしまうわけではないことも知っていました。
過去に2回に渡ってマヤの遺跡巡りをしにユカタン半島を旅行し、その時にチチンイッツァのピラミッドにも行きました。
その内の一回はソーラーイニシエーションの時でした。
しかし私のアンテナは一般的なマヤの暦に関する理解がどうしても腑に落ちないというか、ピッタリとクリックしないのです。
そんな感覚の私なので、10月の28日に現実的に劇的な変化や、アセンションしてしまうとか、時間が停まってしまうとか、経済機構が破綻してしまうといった出来事が起きるという感じも全く受けなかったわけです。
では、本当に10月28日に何も起こらなかったのか?
という疑問ですが、巷に流れ出た情報のような変化は起きませんでしたが、それを波動的に見た場合にはどうでしょう?
これは10月28日に体験した個人的な経験の報告になりますが、私には非常に顕著な変化が起きました。
では私の身に一体なにが起きたのか?
それは脊髄に沿って今まで経験したことの無い波動が降りて来たことです。
昼前にベッドに横になっていたのですが、そしてらいきなり背骨の上部から濃密な波動が降りて来るのを、とても明確に感じました。
それは背骨の最も左側を通じて、首のつけの部分から尾骨までをザ〜っと下降して行ったのです。
イメージ的に書いてしまうと、リキッド状の金色っぽいレモン色のような波動が注がれたような感じです。
波動として何かフワフワした感じや、ブルブルした感じ、サワサワした感じというのではなく、明確に液状の何かが降りて来ました。
経絡の中に流れる氣の動きを液状の何かが動いているように感じるのともかなり違うものです。
体内の氣の流れの感覚よりも、更に液状で、波動的にはもっとサラサラとした感じ。
これを例えるなら、氣の流れはやや濃密でトロトロ系のシロップのような感じで温かいのですが、この時に降りて来たのはそれよりも密度が軽いというか、普通のシロップよりも流動性が高いメープルシロップのような感じの質感でした。
過去にこの体験にかなり近い経験として、ゴールドチャクラを通じてリキッド状の波動が小腸に降りて来たことがありますが、それと全く同じなわけではありません。
ゴールドチャクラというのは、太陽神軽装に関係するもので、基本になる7つのチャクラとは違った場所に位置するものです。
10月28日の波動のダウンロードは、このゴールドチャクラを通じて小腸に波動が降りて来た時よりも時間的には長く、波動域としては随分と高いものです。
そしてしばらくすると、背骨の左側に降りて来たのと同じ波動が別の部位に降りて来ました。
それが第三の眼です。
今までに、これほど明確に第三の眼に波動が降りて来るのを経験したのは初めてです。
この波動は第三の眼の上から降りて来て、グルグルと回転して中心部へと注ぎ込まれていきました。
背骨の左側を降りて来た波動と、第三の眼に降りて来た波動の経験は、唐突としたものでしたが、別に恐怖を感じたわけでもなく、それによって肉体が急激な変化を体験したわけでもありませんでした。
が、しかし、肉体的な変化や感覚的な変化、サイキック的な変化が全く起きなかったわけではなく、それは少しずつ起きていっていたのです。
私の体験から書いてしまうと、波動的な領域では様々な変化が始まっているのは明確です。
この肉体的な変化に関しては、これから少しずつブログで書こうと思っています。
この10月28日の体験があってから、2012年の12月に関する色んなことが腑に落ち始めました。
内容をマヤの暦に関する事柄に戻しましょう。
私の個人的な理解では、マヤの暦はカレンダーというよりは、タイムマシーンのようなものです。
また暦が終ってしまうから終焉なのではなく、元もと何かしらのスケジュールを定めたものなので、その日程が来てしまえば役割が終ってしまう類いのものです。
マヤの暦が終焉を迎えても、この惑星を含めた人類の未来が終るわけではありません。
そして、このマヤのピラミッドと暦が指しているのが「ケツアコアトル神」の再来です。
ケツアコアトルというのは、蛇の姿をした神という存在です。
日本的な感覚でケツアコアトルを翻訳してしまうと「龍神」という風に翻訳することも可能だと思います。
どうしてマヤのケツアコアトルと龍神を同じように捉えられるのか不思議に思う方も多いでしょう・・・。
「龍神」と書いてしまうと、青龍やら黒龍や白龍らといった、エレメンタルな生き物を想像しがちだと思います。
それは、これらのエレメンタル的な龍の種族と、私たち人間の関係性が良く分かってないからだと思います。
話をケツアコアトルに戻しましょう。
2012年の12月にマヤの暦が終焉を迎え、彼らが待ち望んでいたケツアコアトル神が再来するというのが基本的なコンセプトです。
私の理解の中で、蛇神、または龍神としても捉えることが可能なケツアコアトルですが、それは一体なになのでしょう?
それは私たち人間の本質的な肉体の器官に関係している波動とエネルギーのことです。
ケツアコアトルの再来というのは、私たち人間の背骨が目覚めて、その能力がまだ全開されていない「脳」に接続されることを意味しています。
もっと解りやすく書くと、背骨を通じて脳に送り込まれる波動が上昇しながらパワーアップすることによって、私たちの脳の基礎の部分になる「爬虫類脳」が目覚めるということです。
この「爬虫類脳」に、これまで送られていなかった数種類の波動が伝達されることによって、脳の機能がブーストアップされるというこです。
簡単に書いてしまうと、脳が目覚めてしまうわけです。
これを目指している波動のダウンロードの第一弾が10月28日に起きたわけです。
これは私の個人的な見解ですが、次の波動域に沿ったダウンロードは、少なくともあと3回は起こると思います。
そしてこれは世界中に点在しているピラミッドにも関係する内容です。
私たちの背骨に、ピラミッドの側面が示唆している「四つの領域の波動」が的確にダウンロードされることによって、今までの肉体の機能としては目覚めていなかった潜在能力が機能し始めるということです。
これがアセンションに関する肉体器官の変化の一部になります。
ちょっと難しかったかも知れませんね・・・。
次は別の角度から書いてみますね。
続く・・・。
【波動入りの読む瞑想】
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