2014/06/04

青いイルカと泳いだ日・クリエイティブ・芸術的な表現の背景

アロハ

先日の夜に小説「ブルー・ドルフィン」の最後の文字校正を編集側に送りました。

そして送信した時間を後から確認したら、22:22。

さらに凄いことに、送信した時間を確認したのは22分後。

メールの表示は「22時22分:22分前」でした。

私の場合、ゾロ目は頻繁に現れますが、 22のゾロ目は珍しいです。

ちょっと驚き☆

 
今回は小説「ブルードルフィン」のコンパニオンBOOK「青いイルカと泳いだ日」からの抜粋です。

この内容は、スピリチュアルな能力開発、クレアセンチエンスやクレアヴォヤンスのことにも関係するので、こちらでもアップしました☆


クリエイティブ・芸術的な表現の背景

小説にも様々なジャンルがあり、ライトノベルから、 軽い恋愛ドラマ、シリアスな悲恋もの、社会的な背景の強いもの、歴史物、推理小説、SF・ファンタシー小説など多岐に渡ります。

 

映画やテレビドラマの脚本は小説と同じ路線にあり、作品として文字で綴られるか、最終的に映像として描かれるが違いです。
 

しかし基本的には作者の頭の中から生まれでたことに代わりはありません。
 

書き手の想像力やイメージ力、リサーチ力、考察・洞察力、そして書くという技術を駆使して作り出された世界だということです。
 

私はその他の小説家の方たちがいったいどのようにして独自の世界を作り出し、それを文字を駆使して表現するのか皆目検討もつきません。
 

そんな理由で他の作者たちがどういう行程を通じて小説または脚本を書くのかにとても興味があります。
 

いったいどのようにして小説や脚本のアイデアが生まれるのか?
 

その中の登場人物やそれぞれの背景はどのように作られるのか?

 

ストーリー展開のアイデアや結末は、いったいどんな形から引っぱり出されるのか?
 

いったいどんな経緯や背景で一つの作品として生まれるのか?
 

私の場合、作品の内容や質と同じくらいに、作品の舞台裏を描いた類いの内容には逆らい難い魅力を感じます。
 

近年の映画のDVD化には制作の舞台裏やコンセプトアート、プロデューサーや俳優を含めた関係者たちのインタヴュー、撮影されたけれど使われなかったシーンなどを収録したエクストラがフューチャーされていることが多くなってきました。
 

私は映画を観終わったらこの部分を観るのが好きで、ものによっては〝へぇ・・・こういう風に生まれたの?〟と驚きを隠せないドキュメンタリーを収録しているDVDに出会うとグイグイ見入ってしまいます。
 

映画であれ小説であれ、また絵画やアートなどという作品は、それが生まれた背景を知ると、その作品に対する捉え方が大きく変わってしまうことが多々あります。
 

作品に対する理解の幅が大きくなるほど、受け取り方が変化するし、作品を通じてわからなかったことも、解説を聞くと的確に解ったりするからです。


 
オキーフ、ピカソ、ゴッホの視点

近代アメリカで有名な女流画家としてジョージア・オキーフが並べられます。



彼女の作品はいろんな場所で観ていたので名前と作風は知っていたし、エネルギーがある絵だとはわかっていました。
 

しかし呑めり込むほどに好きな画家ではありませんでした。
 

そしてニューメキシコ州のサンタフェに行った時に、観光ついでだと思ってジョージア・オキーフ美術館にも足を運んでみました。
 


まず驚いたのは、凄いことに美術館に隣接したリサーチセンターまであり、彼女自身が研究の対象にまでなっていることです。
 

画家もここまで認められると、作品を通じただけの評価や人気、知名度ではなく、一人の人間としての賛美になるわけですから、画家またはアーティスト冥利につきると思いました。
 

美術館に入って展示されている作品を見て回ったのですが、収蔵されていた作品の数は思ったよりも少なく、その時の私にはあまりピンと感じるものはありませんでした。
 

それから小さな上映室で短い彼女のドキュメンタリーを観ました。
 

それは私にとって意外なもので、映画の中で彼女の一部を知ったことを切っ掛けにしてオキーフという女流画家の描く世界に魅力を感じ始めたのです。

そして旅行から帰ってきて彼女の人生をドアマ化したテレビ映画を観ました。

彼女が歩んできた人生の道、その中で潜ってきた精神的な葛藤や様々な苦難を知ることで、より深く作品を理解できるようになりました。

それまでわかったようで、でも感覚の深い所で解せないと思っていた彼女の作品に対する意識は完全に翻ってしまいました。

 

私の場合、それまでなかなか解せなかったオキーフの作品を理解することの鍵は、作品ではなく、画家という存在、彼女の人生の中にあったのです。
 

オキーフだけでなく、画家やアーティストが描きだす作品たちの中には、作家自身の人生の一部が塗り込められ、作家の視点や心、感情などが必ず現されています。
 

絵画であれ詩であれ、小説であれ映画であれ、それを鑑賞する人の心が、対峙している作品から滲み出ている見えないなにか、作品そのものが保持している作者の心の一部に触れることができなければ、感動や感銘を受けることは難しいのだと思います。
 

そして作品を観る鑑賞者として、観る人の心と感覚が作品そのものと真正面から対峙できる準備も整っている必要もあります。
 

作品と鑑賞者の関係は化学反応のような部分も多々あり、両者の感覚がピタリとマッチした時に鮮烈なインパクトの火花を弾き出すのです。
 



私 V.S. オキーフの場合は、鑑賞者側の私の内面の準備が整うまで、オキーフの作品が自分に深く訴えてくることはありませんでした。
 

しかし、ジョージ・アオキーフという一人の女性画家の人生を知った後から、それまで感じられなかった、絵が抱えているエネルギー的な〝記憶〟を受け取れるようになったのです。
 

画家の視点が作品に現されるわけですが、その視点がどこから生まれているのかがわかると、作品から伝わってくるものが大きく別次元的に変質してしまうのです。
 

それまで受け取れなかった領域のもの・・・
 

もっと奥行きがあり、微細な、ある意味〝神懸かりな啓示〟とも言える別次元の記憶に似たものを受け取れるようになりました。
 

オキーフだけでなく、ゴッホもピカソも好きではなかったのですが、彼らの人生と作品の関係を聞いた時に、二人の作品に対する意識は完全に変わってしまいました。
 

ピカソに至っては、後期の作品はそれまでナンセンスで狂気だとしか思っていなかったのに、彼の晩年期のことを知ってから、一枚の絵の中で多次元的に移動する彼の視点の足跡が立体的に浮き上がって見えるようになったのです。
 

そして作品そのものが呼吸をしている、生きているように感じられるようになりました。
 

ゴッホの一つの作品から受けた体験はその極みでした。
 

ホノルル美術館に彼の小さな作品が常設展示されているのですが、なんど作品の前にいっても感受性のアンテナが立たないのです。
 

西洋美術史の中でゴッホの位置は知ってたし、彼の作品の基礎的な知識は持ち合わせていました。
 

ゴッホの晩年期の作風はその他の後期印象派の作品とは違い、キャンバスに絵の具を塗り込めるというより、絵の具を厚めに置いていくという手法なので一般的な絵画よりも遥かに立体的な作品です。
 

そして写実的な描き方ではなく、視野は湾曲気味で感覚的、色の使い方も混色のされ方が少なく彩度は高め。
 

エネルギー的に強い絵だとはわかっていましたが、その先まで受け取ることはできませんでした。
 

そしてサイキック的な感覚が飛躍的に成長し始めていた時期に美術館に行ったのですが、この時から芸術作品に関する鑑賞の仕方が全く変わってしまいました。
 

感覚というのは不思議なもので、その時の健康状態にも影響を受けるし、成長させることも可能なものです。
 

とても感覚的に研ぎすまされた状態で鑑賞してまったのですが、ゴッホの絵の近くに行った時の鮮烈さは今でも忘れることができません。
 

ちょうどゴッホの絵が掛かっている壁から10メートル位の位置に入ると、グイグイと絵の方へ引っぱられるのです。
 

この時に絵画にもオーラというものがあるのだと明確にわかりました。

引っぱれる先をみたらゴッホの絵で、その作品の周囲はとても明るく、絵に近くなればなるほど輝いて見えるのです。


そして1メートル近くまで近寄って観たのですが、以前とは違った立体感+存在感を放っていました。


絵の具の色彩さえも、以前より遥かに色鮮やかに目の中に入り込んでくる。

それまで絵の具の置かれた〝流れ〟を感じたことはありませんでしたが、タッチから放出されている微細な波動、放たれている小さな光りの集積がまるで生き物のように動いて見えたのです。


絵の具の置かれ方は、やや立体的を超えて3D映像のように浮き上がり、 一枚の絵であるにも関わらず、アニメーションのような動きが立体的に放たれていました。


そして彼が観ていたであろう、風と雲の動きと、それに伴う光りの交錯が麦穂の間から出現してきました。


その眩しさは神々しさとも呼べる感じの輝きで、その先を見ようと思ったら、そこから出て来たのは漆黒に近いダークグレイの暗闇。


まるで神々しさの輝きの中心にブラックホールが浮き出ている感じです。


そしてその暗闇の中で待っていたのは、うずくまる黒猫のようなネコ科の動物の黄色い両目でした。


そこでゴッホが自らの命を絶ってしまった理由が何となくわかった気がしました。



作者の人生を知ることで作品の奥行きは変わる

どのような質であれ、作品というものは、それを世に送り出した作家の一部です。


画家や作家の人生の流れと作品の背景を知ると、絵や物語りが別の輝きのエネルギーを現し始めます。


それはまるで絵または作品の謎を紐解く秘密の鍵を手にしたようなもの。

鍵をまわしてドアをあけ、注意深く作品そのものの中に入っていくと、描いた人の視点が自分の中に流れ込みはじめます。


それは時に描き手の感情だったり、筆の行き来だったり、考えのようなものだったり、作品には現されていない別の映像だったりします。


全ての感覚を総動員してそれらを追いかけるように受け取っていくと、それまで平坦気味だった作品が立体的に浮き上がるように視えはじめます。


芸術的な作品というのは、芸術性の中に、作家の記憶の一部を抱えているのです。


感覚を通じてその多次元的な奥行きにゆっくりと共振して同化することを許していくと、作品のエネルギーと自分の人生の記憶が重なり始めます。


そこで何かしらの共鳴が起こることで観る人は感動したり触発されるのです。


一般的に頭で感動するとは言いません。

感動を受け取る、感じるのは心または魂の領域です。


小説、映画、絵画では趣が違いますが、作品を理解するときの鍵は基本的に同じです。


作品のテーマや完成度、放っている力強さや磁力、エネルギーの力も大きなファクターですが、鑑賞者の心の位置、人生の経験値、肉体的なコンディションも含めた総体的なバランスの状態、そして精神性が最も大切だと思います。


なぜなら、 どんなに凄い作品だと称賛されていても、鑑賞する側の準備ができていなければピン!とこないこともありえるからです。


小説「ブルー・ドルフィン」は海外GLBTテーマなので、一般的だとは言い切れません。


小説内で書かなかったこと、書き足りなかったこと。

それに加えて、どういう風に「ブルー・ドルフィン」が生まれ、どんな感じで綴られていったのかを「青いイルカと泳いだ日」の中でエッセイ風に書いてみました。




そこから小説世界をもっと身近に感じていただけたら幸いです。



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