2011/10/25

KAUAI島・ククイ・ヘイアウ

カウアイ島で最後に行ったのがククイ・ヘイアウ。


ヒキナアカラーから車で数分しか離れていない海岸線にあります。




The Kukui Heiau, which measures about 70 feet by 230 feet, is located on a point called Lae Ala Kukui on the grounds of Lae nani. 


ククイ・ヘイアウのサイズは約21.3メートルX70.1メートルで、ラエ・アラ・ククイと呼ばれる岬にあり、ここはラエラニ・リゾートの敷地内になります。


It is believed that ancient Hawaiians used Kukui Heiau in a navigational capacity. 


古代のハワイアンは航海のためにこのヘイアウを使っていたと信じられています。


By burning oil from kukui nuts in large stone lamps, signal fires were created to guide canoes voyaging between islands to the safety of Wailua.


ククイナッツのオイルを大きな石のランプに入れて火を灯し、その炎がシグナルの役目をして島と島の間を航海してカウアイ島のワイルアに安全に入港できるように導いていました。

When Outrigger took over management of Lae nani last year, the heiau was overgrown with vegetation that had run rampant throughout Lae Ala Kukui point. 



ラエラニ・リゾートがアウトリガー・ホテルのマネージメントに移った際に、このヘイアウを含めたラエ・アラ・ククイ岬の一帯には雑草が茂っていてました。






Nounou

Slingshot-battle,
is the name given to nose of the Sleeping Giant, Puni, who lay down to rest after helping build Kukui heiau.


ノウノウ

スライディングショット・バトル、はスピーピング・ジャイアント(プニ)の鼻の部分に与えられた名前で、ノウノウはククイ・ヘイアウを建立するのを手助けした後に横になって眠りました。




a giant named Nunui was well-loved by everyone. 


ヌイヌイと呼ばれた巨人はこよなく人々から愛されていました。


He created deep holes wherever he walked, which the people planted in bananas, and helped the ruling chief gather ohia logs and large stones to build the Kukui heiau. 


彼が歩いた場所はどこでも深い穴が出来るので、人々はその穴にバナナを植えました。そしてオヒアの幹や大きな石を集めたりして統治者のチーフがククイ・ヘイアウを建立するのを助けました。


But after a huge feast, Nunui laid down to rest and slumbers still to this day.


しかし大宴会が終わった後にヌイヌイは横になって、今でも眠りについています。




Kukui Heiau, which is more than 500 years old. 


ククイヘイアウは500年以上前に建立されました。




ここがカウアイ島ツアーで最後のヘイアウになったわけですが、夕方にはオアフ島に戻るために空港へ戻らなければならなかったので、そんなにユックリと探索する時間はありませんでした。


最初の難関は、どうやってヘイアウのあるラエラニ・リゾートの敷地内に入ることが出来るかでした。


そしてラエラニ・リゾートに行ってみたら、そこは昔に友達の誘いで一回だけ宿泊したことがあるコンドホテルだったのです・・・。


その時はその敷地内にヘイアウがあるなんて知りもしませんでした・・・。


結局そこからビーチにはアクセス出来ない状態で、フロントデスクもないので行き方を聞くことも出来ません。 




そこでラエラニ・リゾートの隣にあるカウアイ・サンズホテルの車寄せに少しだけ駐車させてもらい、そこからホテル内の中庭を通って、隣のラエラニ・リゾートの海岸線まで歩いて行きました。


ラエラニと隣のホテルの間には金網の柵があるのですが、この柵は海岸の手前で終っていて、そこからククイヘイアウへと入ることが出来たのです。


ビーチ沿いに歩いて行けば辿り着くことが出来るということです。




このヘイアウに関する細かい情報はとても少ないです。


オアフ島とカウアイ島は夜に焚く炎で交信をしていたと言われているのですが、それに関係するのがオアフ島のノースにあるプウオマフカ・ヘイアウと、カウアイ島のククイ・ヘイアウです。


プウオマフカはルアキニ(生け贄)のヘイアウですが、カウアイ島とのやり取りにも関係があったわけです。




ここはその他のヘイアウの作りに比べると、外壁の形が崩れているような感じでした。


このヘイアウに使われていた石達も、ヒキナアカラーのように道路工事などに使われてしまったのかも知れません。 




このヘイアウが今での灯台のような役割を果たしていたと考えられていますが、多分それだけではないと思います。


それは多分、今で言うところの貿易でしょう。


この一帯でしか取れないものと、他の場所で取れるものの物々交換的なものだと思います。


もしくは今で言う税金のようなものをカヌーで納めに来ていたか・・・。


このヘイアウに隣接されていた別の機構があり、そこで魚の加工のようなことも行っていたように視えました。


さらにこの場所から少し山側に入った場所に、カヌーの製作所のような場所もあったはずです。


この海岸線一帯はワイルア地区のカヌーのランディング場所だったわけですから、漁猟に関する何かがあってもおかしくはないでしょう。




ハワイアンの文化でもっとも有名なのがフラですが、そのイメージが強すぎるのか、ハワイアンが基本的には航海民族だということに対して認識が低いかも知れません。


もともとハワイアンの先祖はポリネシアから大型のカヌーに乗って移民をして来ました。


またハワイ諸島は島々ですから、これらの島と島の間をカヌーで行き来していたのは容易に想像できます。


しかし現在の渡航方法が飛行機で、カヌーで島を渡るというのが一般的ではないために、ハワイアンが海洋民族だったということが目立たないのでしょう。


そう言った意味では、このワイルア湾の近郊に残されているヘイアウや遺跡の数々というのは、ハワイ諸島の中でも、稀なくらいに昔の形というか、社会形態の名残が今でも残っていると言えると思います。


このヘイアウが波動的に「癒しのパワースポット」なのかと聞かれたら、かなり疑問符。


古代ハワイアンの史跡として捉えた方が良いでしょう。


ここに来た人たちが、この場所でヒーリングを体験する確率がどれだけあるのか? と聞かれたら、よほどこのヘイアウに関係している過去世、またはアドヴァンスなサイキック的な感覚がない限り、何ですかココは?的な感じしか受けとれないかも知れません。


しかし、サイキック的な能力の観点から、このヘイアウから何かを受けとることは可能だと思います。


例えば、古代のハワイアンの生活や、その頃のヴィジョンを受けとるとか。


またはこの一帯に関係する神様とか、精霊とかとの交流を試みるとか。


または海洋民族としてのハワイアンの古代の叡智に繋がってみるとか。


私は個人的にこの一帯は好きな場所なので、カウアイ島で宿泊するなら、このヘイアウ近郊のホテルやコンドホテルをお勧めします。


その理由は、ワイルア河一帯が古代の宗教センターだったということもありますが、このヘイアウの周辺にはレストランやお店、小さいですけどモールがあって便利だからです。


ちなみに車を停めさせていただいたカウアイ・サンズ・ホテルは、宿泊したことが無いので部屋は何とも言えませんが、価格的にはとても安価なビーチフロントのホテルです。


420 Papaloa Road, Kapaa, HI
 
(808) 822-4951 


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カウアイ島・ヒキナアカラー・ヘイアウ

カウアイ島日記もあと二回となりました。

今回はワイルア河の下流の海岸線にあるヘイアウです。 


{1} Wailua Bay
 
In ancient times, Wailua served as a main port of entry to Kaua`i—a gateway that also ushered and welcomed the daily rising of the sun. Stories tell of the arrivals of famous voyagers, chiefs, and deities including, Mo`ikeha, Kaweloleimakua, and Hi`iakaikapoliopele. The legendary surf sites of Makaiwa, Ka`ohaala and Kalehuawehe are also located here.

ワイルア湾

古代のハワイでは、ワイルアはカウアイ島に入る主な港として機能していました。


また、太陽の毎日の出を迎え、歓迎した場所でもあります。 


有名な航海士たち到着の物語は、チーフ達や、モイケハ、カヴェロレイマクア、そしてヒイアカイカポリオペレと言った神々です。

伝説的なサーフィンの場所はマカイヴァ、カオハアラ、そしてカレフアウェヘで、それらもここにありました。




Hauloa South bank of Wailua rivermouth
Likely included a pu‘uhonua (place of refuge)

ハウロア:ワイルア河の下流の南

プウホヌア(避難の場所)も含まれています。

Hikina-a-ka-lā Part of Hauloa (religious center)
395 feet (120 m) long;
56 to 80 feet (17 to 24 m) wide

ヒキナアカラー:宗教センターだったハウロアの一部

120メートル(長さ)
17〜24メートル(幅)

Hauloa Heiau

Hauloa (“Dew of life”[vi]) is a large heiau (sacred place of worship) located at the mouth of the Wailua River, and is thought to have included a pu‘uhonua (place of refuge).

ハウロア・ヘイアウ

ハウロア(生命の露)は大きなヘイアウ(信仰が行われた聖なる土地)で、ワイルア河の入口にあり、その中にプウホヌア(避難の場所)を含んでいたと考えられています。







The religious center at Hauloa was Hikina-a-ka-lā (“Rising of the sun”[vii]), located at the point where the sunlight first touches the island of Kaua‘i’s eastern shore each morning.

ハウロアの宗教センターだったのがヒキナアカラー(昇る太陽)で、毎日の朝日が最初にカウアイ島の東海岸に当たる場所にあります。




Hikina-a-ka-lā was built an estimated 1,200 years ago and oriented to Hōkūpa‘a (“Immovable star”[viii]), the Polynesians’ name for the North Star.

ヒキナアカラーは1200年前に建立されたと推測され、ポリネシアンにとっての北の星、ホークーパアに関係します。




Hikina-a-ka-lā was a stone enclosure about 395 feet (120 m) long, and from 56 to 80 feet (17 to 24 m) wide.

このヘイアウの囲みは約120メートルX17〜24メートルでした。

Though little of the original structure remains today, the walls of Hikina-a-ka-lā were once 11 feet (3.3 m) wide and 6 feet (1.8 m) high, and said to be watched over by Ka pae ki‘i o Wailua.[ix]

現在ではその内の少しが残されています。

ヒキナアカラーの壁は3.3メートル幅と1.8メートルの高さがあったとされ、カパエキイオワイルアによって守られていたと言われています。




It remains largely unknown what events and rituals took place at Hikina-a-ka-lā, though the heiau’s size and location leave little doubt that the site was very important in ancient Hawai‘i.

このヒキナアカラーで一体どのような行事や儀式が行われていたのかは不明で、ヘイアウの大きさと場所から、古代のハワイでとても重要な意味を持っていたであろうと思われています。




In the 1800s, the sacred area of Hauloa was abandoned as far as religious uses, and coconut palms and sweet potatoes were planted.

1800年代の中でハウロアの聖なる部位は、宗教的な使用目的も含めて放棄されました。そして椰子の木とサトウイモが植えられました。




In the 1900s the heiau’s rocks were taken away and used for road beds, leaving only the loose outline of the foundations stones that may be seen there today. Formerly at the site were many great slabs of stone set on end in a double row.

1900年代にはヘイアウの石が道の基礎を作るために持ち出されて使われ、現在見ることが出来るのは、その時に残った大まかな外輪の囲みの基礎になっている石です。

以前の姿は、大きな石版が終わりまで二重敷きで沢山並べられていました。




現在のヘイアウは随分と前に来た時とホボ何も変わっていませんでした。

ヘイアウはビーチパークの側にあるので、周辺では沢山のロコの家族や子供たちがアッチに行ったり、コッチに行ったり。

そういったリクリエーショナルな場所にあっても、ここはハワイアンの聖地ですから、皆さんそれなりの関わり方というか、距離を持って接しているような感じを受けました。

ハワイの文化の中では、このようなヘイアウというのは、気軽に入って冒涜するような行為はいけない、粗相をしてはいけないといった習慣があるからでしょう。


In 1962, Hikina-a-ka-lā and other Wailua heiau were designated National Historic Landmarks.

1962年にヒキナアカラーとその他のワイルアのヘイアウは、ナショナル・ヒストリック・ランドマークに指定されています。


このヘイアウで思ったのは、史跡として保護されていても、荒ていることには変わりないので、もう少し復元していただけたらということです。

何か裏寂しいものがあるというか、哀愁を感じてしまうというか・・・。


波動的にはまだ魔法の力というか、マナは残っていると思います。

ただ建造物として崩れてしまっているので、波動が整ってないのでしょう。

もう少し形が残っていたら、もっと明確にというか、漠然と拡散しているような感じではなく、密度とか動きとかも残っていたのではないでしょうか。

個人的には別に嫌いなへイアウではありません。

人々から置き去りにされてしまっている感じが否めないので、やるせない気持ちになってしまいました。

そういった意味では、昔の栄華というか、このヘイアウがまだ人々からの尊敬の念とか、感謝の念とかを受けていた時代と、現在の風貌の間にギャップがありすぎるのかも知れません。


このワイルア河の入り江の周辺は、ハワイアンの宗教センターとして栄えていた土地で、このヘイアウを皮切りに、周辺には数多くのヘイアウや史跡が残されています。

その全てのヘイアウが美しく整地され、管理されているわけではありませんが、今でも残っているというのは非常に稀なことですね。


ここはヒキナアカラーとハウオラという二つの構造を持っています。

ヒキナアカラーの方は、海、太陽、月、星々に関係した神事に関するものだと思います。

今でも昔の神官さんが守っているようで、背が高く、細い立ち姿、髪の毛はグレーで腰近くまである男性がいらっしゃいました。


ハウオラの方がプウホヌア(避難の場所)。

プウホヌアというのは一般的にはカプ(禁制)と闘いに関係するもので、カプを破ってしまったり、島の中で戦が起こったら、ここに逃げ込めば被害から逃れられるわけです。

しかし、あまり戦の匂いがしないというか、この周辺というのは、平和な一帯だったというか、争いごとが頻繁ではなかった感じですね。


A bronze plaque commemorates the heiau as “Hauola, City of Refuge.”

ブロンズの プレートには、このヘイアウは「ハウオラ、避難の都市」と刻まれています。


このハウオラの周辺は気持ちよかったです。

静かで優しい感じとでも言いましょうか・・・。


こちらがワイルア河の河口に広がる風景。


Na Ki‘i Pōhaku (Petroglyphs) South bank of Wailua rivermouth
Sometimes covered with sand

ナキイポーハク(ペトログリフ): ワイルア河の下流の南
時によって砂に覆われてしまいます。



カウアイ島に来た時に良く宿泊していたホテルは、ここから少し離れた所にあります。

何故か昔から、良く意味が分からないけど、泊まるならこの一帯という感覚が強かったからです。

昔から天然的に、泊まるなら宗教センターの近くと天然チャネルしていたのでしょう(笑)


次回のカウアイ島は、やはり今まで宿泊していたホテルに泊まりたいと思います。


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KAUAI島・ホロホロクーヘイアウ

もう少しでカウアイ島日記も終わりです。

振り返ってみると結構長いシリーズになってしまいました。

これらの行程を三泊四日で終らせたのですから、ある意味でとても贅沢というか、盛り込み過ぎなツアーだったのだと思いました。
しかし、これだけの数の場所に行っても、カウアイ島にはまだまだ行きたい場所があります。

今回はある意味で一般的なというか、代表的な場所をメインにしてあるからです。
その他にもジャングルの中に入らなければ行けない滝とか、山越えして海に出なければならない海岸線にあるプールとか、モンクシールが昼寝しているのに出会ったビーチとか行きたい場所が沢山あります。

また今回はハナレイ地区をすっ飛ばして更に北部のケエ・ビーチまで奔走してしまいました。
ハナレイ地区を通過した時には雨が降っていたので、美しい景観で有名なハナレイ渓谷の眺めもすっ飛ばし、プリンスビルも、ハナレイ・タウンもすっ飛ばし・・・。

アメリカ人的なヴァケーションの感覚だと、三泊四日というのは短く、普通は一週間まるごと過ごすというのが一般的です。
一週間くらい滞在することが出来るのであれば、かなりの場所を探検できるというか、一般的な観光地だけでなく、秘境的な場所にも行くことが可能だと思います。

そんな意味でカウアイ島には、ガイド付きの秘境ツアー的なアクティビティーが多いですね。
その他の島に比べると、案内されなければ行き行けない的な場所が多いのだと思います。


さて次に行ったのはベルストーンの下にあるホロホロクー・ヘイアウです。

この一帯はワイルア河ステートパークの一部で、ポリアフ地区と呼ばれています。


ポリアフと言えばハワイ島ですが、カウアイ島にも関係していたのです。

このポリアフの名前がついたヘイアウがベルストーンと同じ高台の中にあり、ヘイアウとしてはそちらの方が大きいので、雪の女神の名前のついた地区になっているのでしょう。

{7} Holoholoku and the Royal Birthing Stones

Oral traditions tell of the sacred births of Kaua`inui and Wailuanuiho`ano and the establishment of this area as a birthing site reserved for royalty.

It is still considered as one of Hawai`i’s most sacred sites. Kaua`i’s king, Kaumuali`i was the last chief to be born here.

http://wailuaheritagetrail.org/holoholoku.html

ホロホロクーと王族の誕生石

口答伝承によると、ここでカウアイヌイとワイルアヌイホアノが誕生した聖なる場所で、ここの創設は王族のためだけの出産の地だと言われています。

ここは今でもハワイ諸島の中で最も神聖な場所だと考慮されてるそうです。

この場所で生まれた最後のチーフがカウアイ島で最後の王様となったカウムアリイです。



Said to be one of Kaua‘i’s oldest heiau, Holoholokū is relatively small, measuring about 20 feet by 40 feet (6 m by 12 m). Holoholokū Heiau was a luakini, where human sacrifices were performed.

カウアイ島で最も古いヘイアウだと言われ、ホロホロクーはとても小さく、6メートルX12メートルほどの敷地しかありません。

このヘイアウはルアキニ(生け贄)で、人間の生け贄が捧げられていました。

It is believed that Holoholoku Heiau was used for human sacrifice in ancient Hawaii, mainly prisoners of war.

生け贄として捧げられていたのは、主に戦争で捕虜にされた敵方の戦士達です。

Others who were killed here were those who had broken a kapu (who had done something that was forbidden, such as walking in the shadow of a chief). Holo-holo-ku means (run run stand fast) in the Hawaiian language.

その他にここで殺されたのは、厳格に定められていたカプ(法制)を破ってしまった人たちでした。

例えば、チーフの影を踏んで歩いてしまった人、掟を破ってしまった人達です。

ホロホロクーというのは「走れ、走れ、立って、急げ」という意味だそうです。

Curiously enough, the heiau is located right next to the Royal Birthstone (Pohaku Ho'ohanau), the sacred site of royal births on the island.

このヘイアウには興味深いことに、隣のすぐ右には王族の誕生石である「ポーハク・ホオハナウ」、この島で王族が出産した聖地が隣接していることでしょう。

In later years the heiau was vandalized.

このヘイアウは後に人々から放棄されてしまいました。

The wife of Kaumuali'i, the last king of Kauai, then used it as an enclosure to raise pigs.

カウアイ島の最後の王となったカウムアリイの妻は、ここが破棄された後に、囲いの中で豚を育てていました。

She chose the heiau as a sign that the old religious Hawaiian traditions should be forsaken in favor of Christianity.

彼女はキリスト教に改宗する際に、昔の宗教的なハワイの電灯を放棄する際にこのヘイアウを選んだのです。

Today, only the stone foundation remains of the original construction.

現在では石の土台だけがオリジナルの建造物として残っています。



A stairway near the heiau climbs to the top of a small hill overlooking the Wailua river. On this mound are dozens of Japanese gravesites, some marked with lava-rock gravestones.

ヘイアウの側にある階段を最上段まで登ると、ワイルア河を見下ろせる小さな丘に出ます。この盛丘には数え切れない程の日本人のお墓があり、その内の幾つかはラヴァロックが墓石に使われています。

Nearby stairs lead to a cemetery, which dates back to around 1890.

これらの墓石は1890年にまで遡れます。


生け贄の神殿と呼ばれると、どうしても血なまぐさいというか、残虐なイメージを思い浮かべやすいと思います。

何も知らずに「生け贄」と聞くと、自動的に血腥いイメージが湧くわけですが、私が理解している限りでは、そんなに血腥くはなかったと思います。

まず第一に、ヘイアウの敷地の中に血は流れていません。

ヘイアウの中で人間を殺してないということです。

通常の場合は神殿から然程遠く無い所に、息の根を止める別の場所があるのです。

別の場所で殺してから運ばれたということです。

例えばマヤ文明のように、生きたまま心臓を取り出してというように、普通は生け贄=血腥い+野蛮なという図式ですが、ハワイアンの場合は、儀式として格式が高いというか、緻密なというか、 洗練されていると言っても過言ではないと思います。

何故か私はルアキニに関して並々ならない興味があるというか、このヘイアウの中でいったいどんな神事が行われていたのか興味津々なので、調べてしまうんですね・・・。

その理由は、いつか時が来たら、カメハメハ大王に関する小説を書きたいからです(笑)

これを書くには、ルアキニ・ヘイアウの秘密を知らなければ書けないと分かってるので、ツイツイ調べてしまうわけです(驚!)

第一に、カメハメハ大王がハワイ諸島を統一した行程というのは歴史家の方々の努力で全容が分かっているので、それを書いてもわたし的には面白くないんです。

どこが面白いかと聞かれたら、カメハメハ大王とルアキニ・ヘイアウというのは切り離せない間柄という部分でしょう。

カメハメハは偉大な策略家であったのは容易に想像が出来ます。

しかし彼が神事を行えるくらい力のあるカフナだったことはあまり知られてはいません。

私的な見解でカメハメハを捉えると、この方は相当な魔法の力を使えた方だと思います。

そしてこれに関係するのが「ぐるぐる星人」なんです(笑)

そんな個人的な計画があるのでルアキニ・ヘイアウに惹かれてしまうのですね。


ハワイ諸島には数多くの生け贄のヘイアウが残されていますが、それらのヘイアウを訪ねて行って気持ちの悪い経験をしたのは、一回きりです。

それは私がヘイアウのことなど全く知らない時で、やってはいけない行為をしてしまったので、お叱りを受けてしまったからでした・・・。

それが分かってすぐに同じヘイアウに戻って詫びいれをしたのですが、それ以来こういうルアキニ・ヘイアウに行っても変なことは起きていません。


私の場合は、肉眼で見えない方々に目を留められやすいというか、認められてしまうというか・・・、大抵の場合は聴きもしないのに、向こうから色んなことを教えられたりするんです。


この生け贄のヘイアウは、過去に行ったその他のヘイアウに比べると、とても奇麗な波動というか、血なま臭くドロドロ系の波動はしませんでした。

どちらかと言うと、波動的には散漫ではなく、緻密な感じです。

今でも精霊に守られている感じは良く分かりました。

さもなければ、もうとっくの昔に跡形もないくらいの損傷になっていたでしょう。


敷地の中にも入りましたが、緑の芝生の上に立っていても、神聖で気持ちの良い感じでした。


A birthstone on the western side of the site is where ancient ali‘i (Hawaiian royalty) gave birth.

この場所の西側にあるのが古代のアリイ(王族のチーフのこと)達が 出産を行った誕生石です。


A plaque on the stone reads “Pohaku Hoohanau Birthstone.”

 石に填められているプレートには「ポハク・ホオハナウ誕生石」とあります。

Another rock on the site has a plaque that reads “Pohaku Piko,” and this pōhaku (stone) was where the baby’s umbilical cord (piko) was left to ensure the child’s health.

同じ場所の他の石には「ポハク・ピコ」と看板がついていて、このポーハク(石)の周辺に新生児の臍の緒が隠され、健康を確実のものとするために置き去りにされました。


生徒さん達は誕生石の周辺で色々と調べてましたけど、私はヘイアウの横にあった階段を上った所にある日系人のお墓まで行って、それから下に降りたので、誕生石の方にあまり意識が向かなかったんですね。

パパパっと写真を撮って終ってしまったというか・・・。

私は場違い?的な感じだったのもあり、ヘイアウの方が気になって仕方が無く、そちらに戻ってしまいました。

この周辺はハワイアンにとっての宗教センター的な役割を果たしていた場所ですから、サイキック的に感覚を通じて色々と調べて行けば、もっと興味深いことが分かると思います。

ということで私たちは更に別のヘイアウ・コンプレックスへ向かいました。



Holoholokū Heiau

メインのKūhiō Highway (Hwy. 56) クーヒオー・ハイウェイからabout ¼ mile (.4 km)  0.4キロメートルほど離れた、Kuamo‘o Rd. (Hwy. 580) クアモオ・ロード(ハイウェイ580)の左側(南)にあります。
クアモオ・ロードとオナハ・ストリートの角辺


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KAUAI島・ベルストーン

さて次の目的地というか、何と言うか・・・。

数日前にこの上流にあるクリスタルの寺院に行った帰りに、ベルストーンなるものを探したのですが、これが見つからなかったわけです・・・。

ガイドブックに書いてある情報を頼りに探したのですが、見つからない・・・。

ガイドブックに紹介されていると「そこに行かねばならない」的な意識が育ってしまうものかも知れません・・・。

書いてる場所に行かずに終ってしまうと、何かやり残して帰って来た感じがするのかも知れませんね・・・。

私は常々、一気に何カ所も早足で廻るよりも、欲張らずに絞り込んで、時間をかけて巡ることを勧めています。

しかし、日本からの観光だと、そんなに頻繁に来るのは想像しにくいというか「次はいつ来れるか分からないから・・・」という考えが湧いてしまうし、来た時に出来るだけ・・・という意識が働くのは普通なのではないかと思います。

と言うわけでベルストーン探しに再挑戦することに・・・。

再びポリアフ・ヘイアウのある場所に行き、駐車場に車を停め・・・ベルストーン探しの始まりです。

しばらくすると「これじゃないですかね?」と声が聞こえて来て、その場所に行ってもピンと来ないんです。

ガイドブックでの説明の仕方が曖昧というか、精密さに欠けるというか・・・。

iPadをネットに繋いで検索してみましたが’、ガイドブックの情報と同じようにしか書かれていません・・・。

皆さん同じ情報を使い回ししているわけですね。

しかし、これで引き下がってはなるものかと、色々と検索し、ネット上に掲載されている写真を何枚も見て研究し・・・。

その結果に、同じような風景が見える場所となると、ポリアフヘイアウの駐車場から更にワイルア湾の方へ向かった高台のどこかにあるであろうと踏みました。

そして駐車場の側でベルストーン探しに挑戦している皆さんを後にして、テクテクと海側に歩いて行きました。


これがまた遠いのなんのって、歩ける道にはなっているのですが、途中で道路工事用の巨石やらがゴロゴロしている場所に行き当たり、そこを超えてさらに海側へ続く、細い道を降りて行き・・・。

結局は歩いて行ける場所の最先端まで行ったら、そこには石のベンチがありまして、そこから海側の風景を眺めることが出来ました。

この風景は美しかったです。

ちょうど東と西の両方の風景が広がっているので、それだけでも見がいはあると思います。


この近辺に絶対あるハズだと思って色々と探しましたけど分かりにくい・・・。

人の手が入ってないので、周辺は雑木林と化していて、ベルストーンどころではないわけです。

そして周辺の石を叩いて廻った結果に、叩くとベルのような響きを鳴らす石を発見・・・。

ワイメア渓谷の奥のコケエ博物館の中に、これと同じベルストーンの展示があったので、実際に叩いてみたら、本当にベルのような金属的な響きでした。

これと同じようなベルストーンがオアフ島のノースショアにもあります。


このワイルアのベルストーンというのは、王族の子孫が誕生した際に、この石を叩いて周辺の人々に新生児の誕生を伝えたと解説されています。

ボートツアーのお兄さんの説明によると、このベルストーンというのは、高台の周辺の色んな場所に設置されているので、最初のベルが叩かれたら、それを聞いた次の場所のベルを誰かが叩き、周辺一帯に聴こえるようになっていたと言っていました。

また王族の子孫の誕生だけではなく、何かの危険が迫って来た時にも知らせる合図として使われていたという話です。

 このベルストーンがカウアイ島の「癒しのパワースポット」かと聞かれたら・・・かなり疑問符。

ハワイアンの歴史的な背景というか、社会形態とかを理解する中で面白い項目の一つではあるとは思いますが、この石を叩いて何かが癒されるのか? と聞かれたら・・・。

ワザワザこんな場所までやって来て、よく分からない場所をようやくの思いをして探し出し・・・。

あぁ、やっと探し出せて、石を叩けた・・・的な満足感は得られるでしょう・・・。

このワイルア周辺に深い関係のある過去世を感じていらっしゃる方なら話は別かも知れません。

この石に並々ならぬ何かの感覚を覚えてしまう人は行くことをお勧めします。

このベルストーンの響きを聴くなり、周辺の風景を眺めて、昔の波動を追跡すれば、過去世に関する感覚的な記憶とか、人によってはヴィジョン体験が可能かも知れません・・・。

こういった過去の史跡的な場所を訪れる時のポイントは、一回行ったくらいで全てを判断しては、決めつけてはいけないということでしょう。

それは、最初に行った時に何も感じなくても、何度目かの訪問で、いきなり何かが閃いてしまったり、突然にヴィジョンが視えてしまったり・・・と言った経験も起こりえるからです。

一回目よりも二回目の方が簡単に行けますし、時間の余裕も生めるでしょうから、最初でめげずに、幾度か訪問するのが良いと思います。



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2011/10/24

KAUAI島・シダの洞窟


さてランチの後はシダの洞窟ツアーです。

レストランとツアーのチケット販売ブースは同じ建物の中にあり、マリーナも目の前です。



こういう巨大で平たいボートに乗ります。



一隻でかなりの人数が乗れますね。

50人以上はいけるのではないでしょうか・・・?

先頭にはミュージシャンの方々のパフォーマンスが楽しく行われ、彼らがワイルア河周辺に関するガイド的なお話もしてくれます。

さらには奇麗なロコのお姉さん達による、簡単なフラの練習も行われます。





同じようなボートが沢山並んでいるのでいますが、今回は一隻で向かいました。

随分と前に来た時は、自転車操業的に、一台だけではなく、次から次へとボートが出航していた記憶がありますが・・・。

The region from the ocean at Wailua Bay up to the ridges of Nounou and Kālepa was known in ancient times as Wailuanuiho‘ano (“Great sacred Wailua of the chief Ho‘ano”),[v] referring to the 14th century chief named Wailuanuiaho‘ano.

ワイルア湾から昇ったノウノウ嶺とカーレパ嶺の一帯は、古代ではワイルアヌイホアノ(医大で神聖なワイルアのチーフ、ホアノ)として知られ、14世紀のチーフだったワイルアヌイホアノに由来します。



このワイルア河周辺はマリンスポーツのアクティビティーも行われているので、そちら系がお好きな方は、ジェットスキーやら、バナナボートやら、ボードパドリングなどにも挑戦出来るので楽しいでしょう。



こういう風景が出て来るわけですが、ここら辺でハリソンフォードの「6デイズ7ナイツ」の一部が撮影されたと言っていました。

カウアイ島はハリウッド映画のロケ地としても有名なので、島中のアチラこちらで撮影が行われていて、それらのロケ地を巡るツアーも行われています。



こちらはバナナボートですね。

そんなこんなで、マリーナからシダの洞窟までは30分もかからなかったと思います。








結構アっという間に到着です。



皆でソゾロ歩きで下船しまして、これからシダの洞窟へと歩いて行きます。

この時はけっこう日差しも強くて暑かったです。








ワイルア・リバー・ステートパークの看板。

Wailua River State Park is Kaua‘i’s most visited State Park, with more than 1 million people visiting each year.

このワイルア・リバー・ステートパークは、 カウアイ島の中で最も観光客の多いステートパークで、1年間に1ミリオンの環境客が訪れています。








振り返ってみたボートは、よく見るとカナリ長い船ですね。

50人じゃなくて100人くらい乗れるのかも?



ポイプ近郊にはコロア・ヘリテージ・トレイルという看板がありましたが、こちらの方はワイルア・ヘリテージ・トレイルになっています。


このウェブサイトでワイルア河周辺のヘリテージトレイルをヴァーチャルに楽しめます。

英語ですが、掲載されている写真がとても美しいのでご覧になってください。

{1} Wailua Bay  ワイルア湾

{2} `Opaeka`a Falls オーパエカア滝

{3} Wai`ale`ale  ワイアレアレ山

{4} Nounou  ノウノウ

{5} Maunakapu and Wailua River  マウナカプ&ワイルア河

{6} Kuamo`oloaakane  クアモオロアアカネ

{7} Holoholoku and the Royal Birthing Stones  ホロホロクーと王族の誕生石

{8} Hikinaakala at Hauola  ハウオラのヒキナアカラー

{9} Ma`ama`akualono マアマアクアロノ(シダの洞窟)








こちらは道すがらに咲いていたトーチジンジャー。



始めの部分には竹林があります。


こうやって振り返ってみると、何となく神秘的な雰囲気が漂っていますね。



こちらは地面に落ちていたハウの花。

ハウはハイビスカス種で、花の色がレモン色から茶褐色へと変化します。


ちょっとブレてしまっていますが、道すがらには沢山の植物が植えられていて、ハワイの植生や花々などに興味のある人にとってはヨダレもの的な道かも知れません・・・。



さらにジャングルの中を進んで行った突き当たりにシダの洞窟があります。



昔のシダの洞窟は、実際に洞窟の下で結婚式をあげたり、洞窟の下を歩いて行くことが出来たのですが、近年になってシダの損傷が激しくなり、その保護のために現在は下から眺めるだけになっています。

このシダの洞窟は日本人にはカナリ有名らしく、ここに行きたい人は多いんですね。

その理由は、この洞窟の上に生えているシダから滴り落ちる水滴を浴びたら、幸せになれるという言い伝えです。

そんな言い伝えと、この場所が古代のハワイアンの結婚式場として使われていたという部分から、ここで結婚式をあげることを望む人が多かったわけです。


{9} Ma`ama`akualono

"FERN GROTTO" Known to the ancients as Ma`ama`akualono, this area was dedicated to the akua nui or major god, Lono. Mostly associated with the occupations of agriculture and cultivation, Lono was also important in the practices of healing. The popularized name, “Fern Grotto” comes from the long Boston Sword ferns which hang downward over the cave.

一般的には「シダの洞窟」という名前で紹介されますが、ハワイアン的な呼び名は「マアマアクアロノ」というそうです。

この地域はアクアヌイ(偉大な神)またはメジャーな神である「ロノ」に捧げられた場所です。

「ロノ」は主に農耕・農作と収穫に関わる人々に関係し、またロノはヒーリングのプラクティスにおいても重要な存在でした。

「シダの洞窟」という一般的な名称は、葉っぱが長く垂れ下がる「ロング・ボストン・スウォード・ファーン」が洞窟の上から下がっていることに由来します。


ジャングルの様相ですね。

この樹の母体は背の高いククイの樹のようですが、その幹を覆うように巨大な葉をつけるモンステラが寄生してます。

このモンステラ種は葉っぱが巨大なのですが、上層に伸びれば伸びる程に葉が大きくなります。


シダの洞窟の麓にデッキが建設されていて、ここでボートに乗って一緒にやって来たミュージシャンとフラダンサーの短いショーが行われます。

ここで大変だったのが蚊の攻撃でした・・・。

ツアー関係者が所々で蚊取り線香を焚いていましたけど、そんなのでは追いつきません・・・。

ここへ行くなら虫除けスプレーを必携するのが賢いと思います。










遠目に見るとこんな感じ・・・。

本物のシダの洞窟は、かなり離れたところに・・・。


私は過去に何度も洞窟の下を歩いたことがあるので然程は残念な感じはしませんでしたが、この洞窟の下を歩いて、葉から落ちる水滴を浴びたいと思っていた人は非常に残念だったと思います。









波動的にどうかと聞かれたら、とても気持ちの良い場所です。

意識を飛ばせる人は、下から洞窟内に意識を接続してみると、オーラがクリアリングされるのが分かるでしょう。

 

 

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